卒業生の声
自転車を使って高齢者の転倒を防ぐ
高校時代に陸上競技の選手だった武藤貴雄さんは、理工系大学で運動生理学を学んだ。そして大学で学んだことをさらに探求するため、彼は名古屋市立大学大学院のシステム自然科学研究科に進むことを決めた。
システム自然科学研究科では髙石鉄雄教授の研究室に所属し、自転車をはじめとする「日常的な運動による健康づくり」というアプローチから運動生理学の研究に取り組んだ。中でも彼がメインのテーマに選んだのは「高ペダル回転数の軽度自転車運動が素早さ(敏捷性)や気分に及ぼす影響」の研究だった。
私たちが転びそうになった時、脚を素早く踏み出すことができれば転倒しない。しかし普段の生活の中で、私たちは機敏に動くことはほとんどないため、年齢を重ねることによって脚をすばやく出すことが難しくなる。
「変速ギア付き自転車で、ペダルを軽くして自転車をこげば、安全に脚を速く動かすことができます。日常の中にすばやい動きを取り入れることで、素早さや気分がかわるのではないかと仮説をたてました」。
この仮説を検証するため、被験者募集の広告を出し、実際に地域のご高齢者にご協力いただいて実験を行った。
「実験にご協力いただいた方には、ペダルを軽くした研究用の普通の自転車を普段どおりにご利用いただき、その前後で運動能力がどう変わるかを調べました」。
その結果、ペダルの軽い自転車を使うと、高齢者の敏捷性が向上する可能性があることが分かった。
ないものは自分で作る
実はこの実験を行うまでに、彼は多くのハードルをクリアしなければならなかった。
「実験に協力いただくのは地域の一般の方々でしたので、同じ実験を二度行うことができません。 そこで何度も基礎実験を行い、念入りに準備を進めていく必要がありました」。
この中で、武藤さんは論理的なステップを踏んで研究する大切さを学んだという。
「ハードルは他にもありました。髙石研究室のモットーが
1:「興味」を大切に
2:何でも自身で体験
3:装置がなければ「作る」か「借りる」
4:最終的には「社会貢献」
でしたから、ない物は何でも自分で作りました 」。
たとえば基礎実験用の自転車の負荷を計測したい時は、彼らがホームセンターに出かけて材料を購入し、研究室にあった圧力センサと組み合わせて計測装置を自作した。また被験者に自由に自転車で走っていただくため、定期的に位置を記録する簡単なGPSを自転車に装着し、その結果から自転車の速度とペダルをこぐ速さを計算する仕組みも自分で作った。
こうして何度も地域の方とコミュニケーションを重ねるうちに、お互いに気軽に声をかけあうようになり、良い関係を作ることができた。
「ペダルの軽い自転車を使っていただくことによって、お年寄りの方から行動範囲が広がったという感想も聞くことができました。つまり行動変容をうながすことができたということ。これで少しは4番目のモットー『社会貢献』の役に立てたのではないかと思っています 」。
また、システム自然科学研究科では、運動生理学以外にさまざまな専門領域を持つ研究者と出会い、意見交換をすることで刺激を受けた。この経験があるから、社会に出てからも新しい分野に踏み出すことができるのだと彼は信じている。
世界最軽量のホルター心電計
そして彼は、システム自然科学研究科の知見を活かしてより多くの人に貢献するため、健康創造企業・スズケン株式会社に就職。 同社の医療機器部門のケンツ事業部で、医療機器や健康関連機器の企画・開発に携わってきた。 中でも、彼が商品の企画段階から関わったのが、世界最軽量のホルター心電計であった。
「最初に模型を作り、まず自分が直感的に『軽い!』と思えるサイズ・重量の目標を設定しました。次に、そこにどんな技術課題があり、どう解決するかを技術部門と一緒に考えました」。
新商品の開発は、一般的には新しい機能や新しい技術をプラスすることが多い。しかし大幅な小型・軽量化の場合、いかにマイナスするかが重要になる。さまざまなアイデアで試作を重ね、より小さく、より軽い新商品の開発に取り組んだ。
そして企画から2年後、世界最軽量の超小型心電計が完成した。
もちろん、世界最軽量といっても、機能は従来のホルター心電計と遜色はない。
企画者として、この製品の一番のこだわりを尋ねると、彼は迷わずにカラーリングと答えた。
「カバーの青は、光の具合で白く見えます。これは今回のために特別に作った色で、『氷山』をイメージしています」。
氷山のように、外から見えるのはほんの一部で、内部にすごい技術が詰まっている。そんな作り手のプライドのようなものが、この青に込められている。
この超小型ホルター心電計を利用した人の多くは、薄さ9ミリ・重量わずか13グラムというボディの小ささと軽さに驚くという。営業からそんな報告を聞くたび、彼は『何でも自身で体験』し、『最後に社会貢献』という髙石研究室のモットーが自分の中に今も生きていることを少し誇らしく思うのだ。
プロフィール
武藤貴雄さん
株式会社スズケン ケンツ事業部
[略歴]
2004年 名古屋市立大学 大学院システム自然科学研究科 修了
もともとスポーツ好きな武藤さん。システム自然科学研究科でも身体を動かしたいと思い、研究科の中でメンバーを募ってビーチバレーのサークルを結成した。全員が初心者の集まりだったため、最初にみんなで立てた目標が「トスを連続10回つなげること」だったというのが微笑ましい。