卒業生の声
薬との出会い
京都薬科大学は、創立から120年以上の歴史と伝統を持つ。この大学で薬理学を教える大矢教授は、本学薬学部と薬学研究科の出身である。薬理学とは、物質と生体の相互作用を研究する学問。たとえば「喫煙をするとガンになりやすい」という話から、「一夫一妻制のネズミと一夫多妻制のネズミを決定する物質」まで、そのテーマは実に広い。
ところで、大矢さんが同大に至るまでには数え切れない偶然があり、そのたびに彼は自ら行動し、それを自分のチャンスへと変えてきた。
最初の偶然は、大矢さんがまだ中学生の頃。風邪で近くの病院を受診した帰り、偶然、病院の薬局の仕事場を見た。その時、子供心に「こんなキレイな場所で仕事をしたい」と思ったという。その思いは高校に入学しても消えることはなく、彼は名古屋市立大学の薬学部に入学した。
4年になって研究室を選ぶ時も偶然だった。「生物と化学が面白そう」という軽い気持ちで、渡辺稔教授(当時)が主宰していた薬品作用学の研究室を訪ねると、たまたま居合わせた大学院の先輩からピシリと言われた。
「生半可な気持ちで来る研究室じゃないよ」。
その言葉に、逆に彼の魂に火が灯った。
「そこまで言われるなら、やってやる!」。
実際に入ってみると、先輩の言葉どおり、生半可では続かない研究室だった。大学院の先輩たちは休日問わず毎日午前0時過ぎまで研究をしていた。
当時はまだ助教授だった今泉先生たちとみんなで残って夜中までデータを取り続ける。そんな繰り返しでした」。
ドクターの使命とは
大矢さんによれば、当時は「本学を出て薬剤師になる学生の方が珍しかった」ほど、学生のほとんどは大学院に進んだ。彼も薬学研究科の前期課程に進み、渡辺先生、今泉先生(現・教授)のもとで平滑筋のイオンチャネルの研究を手伝うことになった。彼に与えられたテーマは「イオンチャネルの遺伝子クローニング」。まだヒトゲノム計画が始まる前で、どの本を見ても具体的な遺伝子研究の進め方が分からない。仕方なく今泉先生にお願いして学内で遺伝子実験の専門家を紹介してもらった。この時、たまたま紹介されたのが、後に彼と共同研究をすることになる瀧井先生(現 准教授)だった。
毎朝、研究生でもないのに瀧井先生の研究室を訪れ、大矢さんは矢継ぎ早に質問をした。それが終わると図書館にこもって文献を読みまくった。翌日、疑問点をまとめて再び研究室を訪ねた。これが一カ月以上も続いたが、滝井先生はいやな顔ひとつせず、懇切丁寧に遺伝子実験法を一から指導してくれた。
ある日、大矢さんは瀧井先生に質問した。
「どうして先生は、そんなに親切に教えてくださるんですか?」
すると瀧井先生はこともなげに「ドクターを取った者は、ただ自分の研究をすればいいのではありません。後継者を育てることも大切な使命です」と答え、こう付け加えた。「もしキミが本気なら、一緒に研究しますか?」。
大矢さんにとって願ってもない申し出だった。
後継者を育てたい
この偶然の出会いから始まった共同研究で、大矢さんは遺伝子分析に関するいくつかの論文を書き上げた。同時に、薬理学の研究に遺伝子分析を応用するという手法は、彼の研究を支える強い武器となった。
その後、彼は大学院博士後期課程に進み、2年次に本学薬学部の助手のポストが空いて助手になった。2000年には本学で博士の学位を取得し、2005年に助教授となり、2012年には現在の京都薬科大学の教授になった。その間にも多くの偶然の出会いがあり、そのたびに彼は自ら行動し、チャンスをものにしてきた。
そして今日、大矢さんはイオンチャネルに関連する創薬の研究を続けている。
「この研究の中から、将来、ガンや免疫疾患の薬が生まれると期待しています」。
一方、「ドクターの使命は後継者を育てること」という瀧井先生の教えどおり、学生に薬理学を指導している。しかし大矢さんは、国家試験対策のためだけの授業はしたくないと考えている。
「たとえば喫煙とガン、狭心症の関係など、学生にとって身近な話題から入り、学生が薬理学を面白いと思ってくれる授業を行っています」。
学生が面白がって薬理学を学ぶようになると、もっと深く、広く知りたいと思うようになる。すると、学生はより新しい「知」を求めて行動する。新しい発見や出会いは、こうして生まれていく。偶然の神がほほえみかけてくれるのは、自ら行動する者だけなのだから。
プロフィール
大矢進さん
京都薬科大学 病態薬科学系薬理学分野 教授
[略歴]
1992年 名古屋市立大学 薬学部 製薬学科 卒業
1994年 名古屋市立大学 博士前期課程 修了
1995年 名古屋市立大学 博士後期課程 中途退学
1995年 名古屋市立大学 薬学部 助手
2000年 学位取得(薬学博士)
2001年 米国ネバダ大学医学部生理学教室に長期出張
2002年 復職
2005年 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 助教授
2006年 日本薬学会奨励賞受賞
2007年 名古屋市立大学 大学院薬学研究科 准教授
2012年 京都薬科大学 薬理学分野 教授
大学時代のゼミが、研究を始めると徹底的に追求するゼミで、深夜0時を過ぎてもほとんどの学生が残って研究を続けていたという。時には交代しながら24時間体制でデータを取ったこともある。その忙しい合間を縫って、大矢先生はオーケストラ部の部室に行き、遅くまでトランペットの練習をした。時間を有効活用することも、今日の研究者に必要な力の一つなのだ。