卒業生の声
常識にとらわれないものづくり
世界的なリゾート地として知られる南仏のコート・ダジュール近郊には「鷲の巣村(ムージャン)」と呼ばれる村が点在する。これは中世、敵の襲撃に備えて岩山の頂に城壁を築いた集落で、ピカソやルノワールもここで晩年を過ごした。この鷲の巣村の、海を見渡す住宅で家族と暮らすのが、青山尚史さん。彼はダイハツ工業に勤務するカーデザイナーだが、現在は鷲の巣村からほど近いニースのTEDD(トヨタ・ヨーロッパ・デザイン・デベロップメント)に派遣され世界のカーデザイナーとともに数十年後を見すえた自動車のデザインづくりに関わっている。
「最先端の現場では、これまでの常識がまったく通用しません」。
彼らは毎日、青い海と青い空の見える非日常な空間の中で、未来の自動車に関する膨大なスケッチを描いてプレゼンを行い、議論を重ねる。どんな絵を描くか、どんなプレゼンをするかは彼らの自由に任される。
「中には汚い手描きのラフ1枚で、何時間も熱く語るデザイナーがいたり、ペンはダメだと言って、布を折り曲げた曲線でクルマのラインを描くデザイナーもいたりします。そんな最先端のデザイナーと一緒に仕事ができるのは、とても刺激的です」。
しかし青山さんは、自動車が好きでダイハツ工業に入社したわけではないという。
「自分のデザインで世の中を面白くしたい。それが当時も今も変わらない、僕のテーマです」。
実際、彼が日本で手がけたデザインは、従来の軽自動車らしくないものが多かった。
「今の軽自動車のデザインは、高級車に近づいている気がします。でも、それは面白くない。たとえば家電製品みたいなクルマとか、軽自動車だからこそ実現できるデザインをしたいと常に考えていました」。
クリエイターユニット「今人」
しかし仕事をする中で、青山さんはジレンマに突き当たる。彼がデザイナーとして追求したいものと、企業が求めるデザインが同じとは限らないのだ。そこで現在、青山さんはダイハツ社内のデザイナーなどの有志を集め、プライベートで「今人」(イマジン)というクリエイターユニットを主宰している。
「今日のインダストリアルデザインは、A案とB案でコンペを行い、勝った方が採用されるというシステムです。でも、僕たちはA案とB案の良いところを融合させ、より優れたC案を創り出したいと思っています」。
デザインで世の中を面白くするというテーマを掲げる彼にとって、デザインのフィールドは自動車に留まらない。
「以前、東大阪の町工場でイスを作っていただいたことがありました。最初は『そんな形状は無理』と職人さんに断られましたが、ビールとつまみを持参して何度も仕事場を訪ね、どうしたらできるかを一緒に考え、最後には実現できました」。
美しさを追求するだけではない。実際の「ものづくり」を通して、優れたアートを世の中に送り出し、世の中を変える。そんな“芸術”と“工学”の融合こそ、青山さんが名古屋市立大学の芸術工学部で学んだマインドである。
「名市大では、本当に多くのことを教わりました。アカデミックな学問はもちろん、クリエイターやアーティストとして世の中と戦い続けているプロの先生たちから教えられた『生き方』は、今も僕の支えになっています」。
走り続ける彼の、新しい夢
近い将来、彼はコート・ダジュールで学んだことを日本に持ち帰り、ダイハツ工業の未来自動車づくりを行うことになる。
「これから僕が、軽自動車をもっと楽しい乗り物にします。その頃には、もしかしたら通常の小型自動車に対する『軽』自動車という呼び方はなくなり、新しい自動車のカテゴリーが生まれているかも知れません」。
一方、アーティストとしてのプライベートの活動も順調だ。彼が主催する『今人』は、世界の若手デザイナーの登竜門である「ミラノ・サローネ(ミラノ国際家具見本市)2013」のサテリテ部門への出品が決定した。ここから、彼らの世界への挑戦が始まる。
青山さんは現在33歳。これからもデザイナーとして走り続けたいと語る。
最近、彼には新しい夢が生まれた。
「実は今、脳とアートの関係に興味を持っています。美しいものを見た時、人はどういう仕組みで美しいと思うのか。そんな『感性』と『理論』の関係を少しずつ研究していきたい。そしていつか、名古屋市立大学に戻り、学生を指導できたらいいなあと思っています」。
もちろんその時、コート・ダジュールで、大阪で、そしてミラノで世界を相手に戦い続けてきた『生き方』を、彼は熱く学生に語ってくれるに違いない。
プロフィール
青山尚史さん
ダイハツ工業株式会社 第2デザイン部 軽プロダクトデザイン室
[略歴]
2002年 名古屋市立大学 芸術工学部 生活環境デザイン学科(現・産業イノベーション学科) 卒業
2004年 名古屋市立大学 大学院芸術工学研究科 産業イノベーション領域 修了
写真で青山さんと一緒にランチのワインを楽しんでいるのは、日産自動車からルノーに企業留学中の清水暁生(あきお)さん。清水さんは青山さんの研究室の後輩で、フランスの職場が近いため、週末になるとよくパリに出かけたという。また、実はもう一人、青山さんの先輩が同じTEDDで勤務をしているため、一つの研究室の出身者が3人、フランスの狭いエリアで同じ時期に仕事をするという珍しい偶然が起こっている。
URL: ダイハツ工業株式会社 http://www.daihatsu.co.jp/
URL: 今人~imagine~ http://www.imagine2009.net/