見る・聞く・知る 名市大

在学生の声

みんなで雲上の星を見上げながら学生たちはたくましく成長する。

夏だけのボランティア診療所

北アルプスに「蝶ケ岳」という山がある。標高は2677メートル。登山家の間では北アルプス随一の眺望が望める山として、また危険箇所が少ないため、初心者でも挑戦しやすい山として人気が高い。しかし初心者が挑戦しやすいとはいえ、大自然の中で人はどんなアクシデントに遭遇するか分からない。万一、登山中にケガをしたり体調をくずしたりした人のために、山頂の蝶ケ岳ヒュッテには毎年夏になるとボランティアによる診療所が開所される。実はこれ、名古屋市立大学の学生やOB、教職員が運営するボランティア診療所なのだ。

同診療所が初めて開設されたのは1998年。その前年、名市大医学部の三浦先生が、北アルプスの蝶ケ岳(標高2677メートル)山頂の山小屋「蝶ケ岳ヒュッテ」のオーナーと偶然知り合い、「蝶ケ岳に山岳診療所がなくて困っている」という話を聞き、自分たちにできることをしようと立ち上がったことが診療所開設の契機となった。そして今日まで15年間に渡り、名市大の「蝶ケ岳ボランティア診療班」という部活動として活動を続けてきた。名市大には医・薬・看護という3つの医療系学部があるが、3学部以外の学生も参加はOK。現在、メンバーは約130名。この大所帯をまとめるのが、14代目の代表の加藤彰寿さん(医学部3年生)。

全員で登山客の安全と健康を守る

毎年、登山シーズンが始まる7月半ばに準備班が必要な医薬品と機材を持って登り、診療所を開所する。その後は学生とOBで構成されたボランティアのグループが数日おきに登り、交代しながら8月下旬まで診療所を運営するのである。

出発点の三股から山頂までは山道を約6時間歩く。この道のりを、全員が医薬品などを詰めこんだ10数キロの荷物を持って登っていく。診療所では5日ほどヒュッテに泊まりこんで活動を行う。医師でない学生は医療行為ができないため、問診や予防的介入(高山病にならないための注意喚起)、医師のサポートなどが中心。それでも1年次から臨床経験ができることは、医療分野をめざす学生にとって貴重な勉強の機会となるに違いない。

1カ月半の間に訪れる患者さんの数は100~200名。特に夕方から夜、怪我をしたり高山病で気分が悪くなったりして来られる方が多い。

医師が山にいない時期に来られる患者に備え、三浦先生をはじめとする医師が必ず24時間待機し、万一の事態には山上と交信しながら出来る限りの対応を行う。一人でも多くの登山者が元気になり、翌朝、笑顔でヒュッテを出発してくれることが何より彼らの励みになる。シーズンが終わると、多くの患者さんからお礼のハガキが全国から寄せられる。その一枚一枚が、彼らの宝物だ。

雲の上のミニ勉強会

蝶ケ岳診療所では、他の山岳診療所にはない「雲上セミナー」というユニークな活動を行っている。これは蝶ケ岳ヒュッテを訪れた登山客に対して、医師らが高山病の予防方法などを分かりやすく解説するミニ勉強会。また同部の新入生が講師となって行う多彩なミニ講義も人気の一つ。

「テーマは何でもOK。時期的にペルセウス座流星群の話とか、天気と雲の関係、雷の話、他にも『衝撃の少ない歩き方』というテーマで話した新入生もいました」。毎日、このセミナーには多くの登山客が訪れ、今では蝶ケ岳の小さな夏の名物イベントとなった。

こうして、山の一日が終わる。夜になると、名古屋では絶対に見られない満天の星空が学生たちを待っている。その下で彼らは今日を振り返り、それぞれの未来を思い、仲間やOBといろんなことを語り合う。朝になればみんなで屋根に上って雲上の御来光を拝む。そんな日々の中で、彼らは少しずつ成長する。

翌年も、卒業してからも

8月末、来年に向けて診療所を片付けるための整理班が最後に下山すると、彼らの夏も終わる。しかし、これで彼らの1年の活動が終わったのではない。

「シーズン後も、毎週学生やOBが講師となって勉強会を行います」。たとえば高山病の基礎知識、問診のとり方など、診療所ですぐに役立つ実践的な内容も盛りだくさん。また翌年春には、新1年生に山登りを体験させるための“練習山行”が待っている。こうして彼らは、翌年も蝶ケ岳に登る。

「もちろん、卒業してからもOBとして参加します」と加藤さん。事実、同部のOBたちは、卒業後も蝶ケ岳の診療所にボランティアにやってくる。そして学生時代と同じように登山者の安全と健康のために活動し、夜になればみんなで語り合い、空を見上げる。もちろんそこには、学生の頃に見たときと何ら変わることのない、満天の星空が待っているはずだ。

蝶ケ岳 PHOTO GALLERY

蝶ケ岳ボランティア診療班URL
http://plaza.umin.ac.jp/~chogtk/homepage/top.html

蝶ヶ岳ボランティア診療所での活動を通じて

「空気と水と友人の愛。これだけ残っていれば気を落とすことはない。」と言う。しかし蝶ヶ岳山頂は空気も水も乏しい。医薬品も乏しい。頼れるのは「友人の愛」のみである。医薬品費は寄付金で患者負担はゼロ。診療時間は無制限で重症患者は医師も学生も徹夜で看病する。単純な治療しかできないけれども不思議に充足感がある。無条件の「友人の愛」を山岳医療ボランティア活動で学ばせていただいている気がする。そんな理想を追いつつ、大自然の中で槍穂高連峰を描く楽しい時間もある。

運営責任者 医学研究科 三浦裕准教授

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