在学生の声
学部のない大学院に進むということ
名市大大学院の「システム自然科学研究科」は、生命科学、物質科学、数理情報科学の各分野における科学技術の発展に寄与することを目標としている研究科である。教員の研究分野は、分子生物学、分子進化学、生化学、生態学、運動・分子生理学、さらに数学や情報科学、天文・地球科学、物性科学、物理化学など、きわめてバラエティに富んでいる。
2018年3月まで、同研究科は学部を持っていない。いきおい、学生たちは例外なく、他大学あるいは名市大の別の学部から「強い思い」を持って本学を選んだということになる。
同研究科博士前期課程2年生の山田麻未さんと、同じ前期課程2年生の宮崎由麻さんも、そんな思いを抱いて本研究科に入学した。奇しくも二人は同じ大学・学部の同じ研究室で机を並べて研究をしていた、理系女子。
大学院選びで二人が最もこだわったのは、どれだけ自分のしたい研究ができる環境があるか、ということであった。それは単純に、研究室のテーマという問題だけではない。
「大学見学でシステム自然科学研究科を訪れた時、先生との距離が近く、先生から直接指導を受けながら自分自身のしたいことができると確信しました」と山田さん。
彼女が選んだのは、奥津光晴講師の研究室。
「病態のメカニズムに関する研究をしたいと思っていました。奥津研究室は、骨格筋の恒常性維持の分子メカニズムという研究テーマも面白そうでしたし、見学の時にお会いした奥津先生がとても優しそうで、この先生の元で学ぶことを即決しました」
山田さんのテーマが動物系とすれば、一方の宮崎さんは植物系。大学院説明会で、木藤新一郎教授の「植物分子生理学」に出会った。
「大学時代から、遺伝子組み換えに興味がありました。木藤先生の研究室では、植物の低温ストレスに関する遺伝子の研究をしていると聞き、また将来、この研究が世界の食糧問題の解決に寄与できるかも知れないと聞き、木藤先生の研究室に行こうと決めました」
研究室の片隅の、密かな楽しみ
山田さんの研究テーマは、骨格筋の恒常性を調節する新しい分子メカニズムの探索。ここで彼女は、あるオートファジー系のタンパク質に注目して研究をしているという。
「近年、このタンパク質はいろんな分野で研究されてきています。でも骨格筋の研究に応用された例は少ないため、私自身、とても注目しています」
毎朝9時前に研究室に入り、遺伝子改変マウスを使用して骨格筋の機能や形態を調べる。
「これによって、この因子が骨格筋の恒常性維持にどのように関わってくるかを解明することが、現在の研究テーマです」
夕方に実験が終わるとその結果の解析と評価を行い、次の実験の計画を立てる。
「自分で予測した通りの結果になることはほぼありません。むしろ、まったく違う結果になるケースばかりで、なぜ違ったのか、どうすれば予測に近づけられるかを検討します」
溶液の濃度や反応時間など、実験条件を変えながらデータを取り直し、比較検討して次の道筋を考える。地道な作業の繰り返しだ。
テーマは違っても、宮崎さんの日常もさほど違いはない。
彼女の研究テーマは、ブラキポディウムという植物の遺伝子組み換え。ブラキポディウムとはイネ科の単子葉植物で、遺伝学や細胞生物学、分子生物学などの実験でよく利用される「実験モデル植物」としても知られる。
「私の毎日は、毎朝、冷蔵庫で栽培しているブラキポディウムからRNAを抽出するところから始まります」
ここで最も難しいのが、一緒に抽出されてしまうDNAなどの不純物の除去。DNA分解酵素処理などのさまざまな手法を使って純粋なRNAのみを抽出しなくてはならない。
「もともとオオムギの遺伝子組み換えをしていた後期課程の先輩から『ブラキポディウムは比較的簡単だよ』と聞いていたのですが、やっぱり実験の難しさを実感する毎日です」
それでも、山田さんと宮崎さんの二人は、こんな毎日がとても楽しいという。
「それより、できない自分を認めるのが嫌なのだと思います。だからうまく行かない時も、どうすればうまく行くかを延々と考えています。そして自分が予想していた通りのデータが得られると、実験中に『やった!』って嬉しくなります」(山田さん)
「やはり、私は実験好きなんです。そして個体ごとに誤差のない、とても美しいデータが出てきたりすると、実験室の隅っこで、一人じわじわと喜びをかみしめます」(宮崎さん)
先生との距離が近い研究室
彼女たちが実験に行き詰まった時、最も頼りになったのが先生の存在であった。
「やはりシステム自然科学研究科の最大の特徴は、先生1人あたりの学生数が少ないことだと思います。私から先生に積極的に意見を言えば、先生もしっかりそれに応えてくれます。以前、私がいた大学の研究室は、こんなに学生と先生の距離は近くなかったように思います」(山田さん)
先生との距離の近さについては、宮崎さんも同意見だ。
「分からないことを先生に質問した時、先生は実験データを見て『試薬を変えてみては?』と親身にアドバイスをいただき、試してみたら実際にうまく行ったことも何度かあります。本当に、先生ってすごいなあということを実感します」(宮崎さん)
さらに二人とも、さまざまな研究室が結集したシステム自然科学研究科ならではの良さをこんなところにも見出している。
「同じ建物の中に、多種多様な分野の学生や先生方もいるので、いろんな人と仲良くなれるのも面白いですね。近ごろは、多くの先生から『最近どう?』って声をかけていただくことも増えました」(宮崎さん)
「同じ生命系の学生だけでなく、情報系の学生と知り合って話をするうちに、その思考プロセスや考え方に触れ、とても刺激になっています」(山田さん)
ところで名市大では、2018年4月に初の理学系学部として「総合生命理学部」の開設を予定している。システム自然科学研究科にとっても、初の「学部」の誕生でもある。これについて、二人はどう考えているのだろう。
「私は高校生の頃から名市大のキャンパスにとても良い印象を持っていました。だから、もし私が高校生で、名市大に理学系の学部ができたとしたら、間違いなく受験していると思います」(宮崎さん)
「これまで先生や先輩たちが長い時間をかけて培ってきた、先生と学生の距離が近くてアットホームという雰囲気は、これからも私たちだけでなく、新学部でも続いていくと思います。」(山田さん)
今後、二人は別の道に進むことが決まっている。しかし二人とも、システム自然科学研究科の経験を生かし、それぞれの道で理系女子としての新たな生き方を模索し、挑戦を続けていく。
プロフィール
山田 麻未(やまだ まみ)さん
システム自然科学研究科 博士前期課程 理学情報専攻2年
病気のメカニズムについて研究したくて、システム自然科学研究科へ。2年をかけて研究のノウハウを学び、これから本格的な病態研究に入るというところで就職するのが悔しくて、すっぱりと就職活動をやめて博士後期課程に進み、研究に専念すると決めた。今、実験をしているこの瞬間が最もハッピーだという。
宮崎 由麻(みやざき ゆま)さん
システム自然科学研究科 博士前期課程 理学情報専攻2年
遺伝子組み換えの研究を通して世界の食糧問題の解決に寄与したくて、システム自然科学研究科へ。2年間で身に着けた実験のスキルや、科学・情報学の知見、そして「どんなに失敗してもへこたれないマインド」を武器に就活を進め、見事に食品会社から内定をいただいた。将来は、食品会社の研究室で再び実験三昧の日々を送るのが夢。