在学生の声
きっかけはただの「子ども好き」
名市大人文社会学部の谷口由希子先生の専門は社会福祉学、なかでも児童家庭福祉論で、社会的養護を中心に、貧困・生活困難にある子どもに関わる社会福祉制度や援助実践の研究を行う。また「児童養護施設の子どもたちの生活過程──子どもたちはなぜ排除状態から脱け出せないのか」など著書も多い。
そんな谷口先生に教えを受けるために集まったゼミ生も、子どもの福祉に関して高い意識を抱いている。しかし、全員が最初から子どもの福祉に興味を持っていたわけではない。
谷口ゼミ3年生の岩田知歩さんは、心理学と教育学という二つの分野を学びたくて名市大人文社会学部の心理教育学科を選んだ。ある日の授業で、保護者からの虐待をはじめ、何らかの事情で保護者とともに暮らすことのできない子どもたちの入所施設である児童養護施設について学んだ時、こんな制度があることを今まで知らなかった自分を恥じ、もっと知りたいと思うようになった。
窪田美月さんは、保育士の資格を取るために愛媛県の八幡浜市からはるばる名市大にやってきた。彼女は昔から子どもの虐待のニュースをテレビで見るたび、あまりに可哀想で泣きそうになっていたという。谷口先生の授業を受けて、苦しい思いをしている子どもに自分も何かできるかも知れないと思い、谷口ゼミで学ぶことを決めた。
近藤由佳さんは、保育士をしている母に憧れて名市大へ。その授業の中で、日本にはさまざまな事情で子どもを育てられない方のために、育ての親に子どもを託す「特別養子縁組」という制度があることを知り、もっと深く知るために社会福祉を専門とする谷口先生のゼミを選んだ。
3人とも、きっかけは単純な「子どもが好き」という気持ちだった。しかし本学で学ぶうちに、より社会的な視点で子どもに対して自分に何ができるか、という意識に変わっていった。
ようこそ大学へ! プロジェクト
木曜日の午後に行われる谷口先生のゼミは、とてもアットホーム。学生は「谷口先生」とは呼ばず親しみを込めて「谷口さん」と呼ぶ。先生の人柄や学生との距離が近い証拠だ。
そんな谷口ゼミを中心に人文社会学部では、2013年から毎年夏に「ようこそ大学へ!―施設等の子どもたちへの学習支援―」というプロジェクトを実施している。実際、児童養護施設の子どもは、一般世帯に比べて進学率が低いという現実がある。児童養護施設等で生活する子どもたちを大学に招き、大学の楽しさや学びを知ってもらい、将来について考えるきっかけをつくることが目的である。学生が施設を訪れて子どもたちと触れ合うという取り組みは多いが、子どもたちを大学に招くという試みは全国的にも珍しい。
毎年、このプロジェクトでは準備から運営までを谷口ゼミの学生が中心となって行う。2017年は彼女たちゼミの3年生が中心となり、人文社会学部の学生70人を動員して準備を行った。
「来てくれる子どもたちの男女比率や年齢、さらにどうすれば面白いと思ってもらえるのか、そんなことをみんなで何度も話し合いながら準備を進めていきました」(岩田さん)
「昨年も手伝わせてもらったため、その時の反省を生かしながら、連絡方法やタイミングの見直しを提案し、スムーズな運営ができるよう心がけました」(近藤さん)
2017年に「ようこそ大学へ!」プロジェクトに参加してくれたのは、児童養護施設など施設で生活する小学校・中学校・高校生合わせて約50人。一人ひとりに手渡された一日学生証を胸につけ、緊張した表情でガイダンスを聞く。
みんなで自己紹介を行った後、いよいよ「大学生体験」がスタート。子どもたちは、持ってきた夏休みの宿題を大学の教室で大学生に教えてもらいながら行う。その後、図書館や部活・サークルの活動に触れたり、空気砲の実演やプラ板によるアクセサリーづくりなどの夏休みの自由研究体験にもなるプログラムを自由に体験する。
「私は小学生でも簡単に作れる空気砲を担当。朝からずっとブースの近くで楽しそうに見てくれた子がいて、その子を見ているだけで私も嬉しくなりました」(近藤さん)
「小学生くらいの男の子が『ほら、僕のプラ板見てよ!』って、自分の作品を嬉しそうに私に見せてくれました。あの笑顔が忘れられません」(窪田さん)
学習を行った後は、大学生とともに大学の学生食堂でお昼ご飯を食べ、さらには教授の研究室をめぐり、心理学実験などを行い、今年の全プログラムが無事に終了した。
「ある施設では、同じ日に別の学習イベントがあり、中学生の子ども1人しか参加できませんでした。でもプロジェクト終了後、その施設の方から『こんなに楽しいイベントなら来年もぜひ呼んでください』と言っていただき、すごく嬉しかったことを覚えています」(岩田さん)
子どもの幸せとは?
このプロジェクトで施設の子どもたちが体験したことは、大学生の彼女たちにとっては当たり前の日常に過ぎない。
「でも、子どもたちがここで見たり聞いたりしたことは、初めてのことばかりだと思います。これを通して、彼ら・彼女らが『勉強をして大学に行けば、こんな楽しいことがある』ということを知り、少しでも上をめざそうと思ってほしいと思います」(岩田さん)
実際に体験すると、それまでのものの考え方が180度変わる。それは、子どもたちだけの話ではない。
窪田さんも同じだった。
「私は実習で乳児院に行くまで、施設にいる赤ちゃんを可哀想という目で見ていました」(窪田さん)
乳児院は、主に1歳以下の乳児の養育と退院後の援助を行う。何の罪もないのに施設に入らざるを得なかった赤ちゃんを見るたび、窪田さんは泣きそうになった。
ある日、施設の先生が窪田さんに言った。
「あなたは、親がいるから幸せ・親がいないから不幸せと思っているから、この子たちを可哀想に見えるのね?でも、この子たちにとって何が幸せかは、本人にしか分からないよね?」と。
そう言われて、これまで自分は施設の子どもたちとの間に壁をつくっていたと知った。乳児院だけではない。児童養護施設にいる子どもたちとも話すと、みんな明るくて元気な子ばかりだというのに。そして子どもたちの「日常」と彼女たちの「日常」は何も違わないことを理解していたはずなのに。
「それ以降、もしかしたら本当に支援が必要なのは子どもたちよりも保護者かも知れないと気づきました。将来は、そんな広い視野で子どもと保護者に関われる保育士になりたいと思います」(窪田さん)
名市大で視野が広がり、将来が見えてきたという意味では、近藤さんも同じだ。
「将来は名古屋市の保育士になりたい。でも、ただ子どもと接するのが楽しいからではなく、社会福祉・児童福祉という視点で子どもの成長に関わっていきたいと思います」(近藤さん)
一方、岩田さんは二人とは別の未来を夢見ている。
「プロジェクトの準備の中で、何をすれば子どもたちが笑顔になってくれるかを考える時間がとても楽しく、勉強にもなりました。ですから将来は、オモチャや絵本など、保育とは別の視点から、多くの子どもが笑顔になれる仕事に就きたいと思っています」
こうして、多くの子どもたちと接しながら、彼女たち自身も大きく成長し続けている。
プロフィール
岩田 知歩(いわた ちほ)さん(写真中央)
人文社会学部心理教育学科3年
もともと教育に興味があった岩田さん。高校3年生の時、心理学と教育学のどちらも学べる大学を探すうちに、名市大の人文社会学部「心理教育学科」に決めた。名市大ではアイセック(海外インターンシップの運営を中心に活動するクラブ)に所属し、海外から日本に来る学生のお世話をした。ここで多くの人と出会い、挑戦することの大切さを知ったことも、彼女の成長につながっている。
窪田 美月(くぼた みづき)さん(写真左)
人文社会学部心理教育学科3年
中学の職場体験で保育所に行き、子どもが好きだと気づき、保育士をめざしたという窪田さん。名市大を選んだきっかけは、国公立大学で幼稚園教諭一種と保育士の免許が取れるから。名市大ではダンス部に所属。実習やレポートで疲れても、週に3回、4時間の練習は欠かさないという本格的な部活動で、引退した後も「やりきった」感でいっぱいだという。
近藤 由佳(こんどう ゆか)さん(写真右)
人文社会学部心理教育学科3年
母が保育士で、小さい頃から毎日楽しそうに仕事をする母の姿を見るうちに、自分も保育士になろうと思ったという近藤さん。そんな近藤さんのお母さんが卒業したのが、名市大人文社会学部の前身でもある「名古屋市立保育短期大学」だったため、自分も保育士になりたいと思い国公立大学で保育士の資格を取るなら名市大に行こうと決めた。