在学生の声
博物館の集客を考える実習
高校までとは違い、大学で扱う問題に「答え」はない。そもそも何が「問題」かを自分で考え、答え(らしきもの)にたどりつくプロセスを自分で探す。それが大学の学びである。その典型が、名古屋市立大学人文社会学部の「社会調査実習」ではないか。
現在、名古屋市立大学では5名の先生による「社会調査実習」が開講されている。それぞれの先生が設定したテーマに基づき、学生たちは答えにたどりつくプロセスを模索する。中でも阪井先生の授業では、名古屋市博物館と連携したユニークな活動を展開する。
「僕たちのテーマは、名古屋市博物館への大学生の来館者の促進」と語るのは、阪井班のリーダー・伊藤慎治さん。
阪井班では、ここ数年、博物館の集客アップのイベントの一部を企画から準備、運営まですべて学生を中心に行っている。2011年は8月に「ナイトミュージアム」、11月に九州国立博物館のボランティア学生部とコラボで「ワークショップでござる」を開催した。
夜の博物館でしかできない体験
「ナイトミュージアム」とは、名古屋市博物館の恒例のなつまつり期間中、閉館後の博物館を開放し、館内で学生を中心にさまざまな企画を行うというもの。「たとえば薄暗い光の中で展示物を見て歩くツアーとか、庭に1000本のロウソクを並べて天の川を作るとか、とにかく普段の博物館でできない体験をしてもらおうと思っていました」と伊藤さん。
中でも最も力が入ったのが、あるスタッフの「弥生時代にあんな家族がいたら面白くない?」という一言から生まれた「弥生人の生活再現コーナー」。博物館の常設展示の一つである“竪穴式住居”の中に、弥生人に扮した学生ボランティア数名が入り、サザエさん的なミニドラマを演じたのだ。「全員が羞恥心を捨てました」と伊藤さん。
7月から博物館の学芸員さんと入念に準備をしてきただけあって、イベントは大成功。2日間に前年度を大きく上回る1300名が訪れ、学芸員さんからも絶賛をいただいた。
先輩・九州サポーターとともに
その興奮もさめないうちに、彼らはすぐに11月の「ワークショップでござる」の準備に取りかかり、月末には福岡県太宰府市にある九州国立博物館に向かった。実は九州国立博物館は、以前から学生ボランティアとともに集客イベントを行ってきた実績がある。そのノウハウを学ぶため、伊藤さんたちの2年前の先輩が九州国立博物館のボランティア学生部のメンバーに連絡をとったことで交流が始まり、2年越しのコラボ企画が実現することになったという経緯がある。「最初、僕たちは大学生を集めるための企画ばかりを考えていました」と伊藤さん。しかし九州のメンバーから「子供づれのファミリーが楽しめる企画の方がいい」と指摘されて軌道を修正。九州の実績を参考にして「埴輪の色つけ」と「プラバンストラップづくり」の開催を決定。そしてもう一つ、せっかくなら地元らしい企画を入れたいという名古屋メンバーの希望で、「絞りのハンカチづくり」もメニューの一つとして採用された。
その後もメンバーは九州と会議を行い、全員でいくつもの役割を兼務しながら準備を進めた。200体もの埴輪を粘土で作り、イベント当日のボランティアさん用の接客マニュアルを作り、集客用のチラシを作った。途中、有松絞りの紹介パネルのイラストが著作権法に抵触することが発覚し、奇しくも著作権法について学ぶチャンスになったこともある。こうして全員で考え、全員で解決し、ワークショップの準備は着々と進んでいった。
経験をノウハウに変える
そして11月20日、「ワークショップでござる」開催。しかし来場者数は245名と、残念ながら目標数字には及ばなかった。しかしこの結果について、担任の阪井先生は少しも悲観していない。 「1年目から結果を出すのは難しいし、何より、社会調査実習の目的はプロセスを学ぶことだからね」。
悲観していないという点では、伊藤くんたちも同じ。「僕たちが考え、悩み、壁にぶつかったことなど、そういった経験の一つひとつが僕たちの、そして博物館のノウハウとなり、次の時代につながっていくと信じています」。
そして2012年より、彼らの活動は授業の枠を超え、名古屋市博物館の「博物館サポーター」として正式にスタートすることになった。メンバーも増え、多くのアイデアが集結し、今までよりもっと楽しい企画が生まれてくるに違いない。彼らの力が、これからの名古屋を面白くしてくれるはずだ。
阪井班インタビュー協力者
担当教員 人間文化研究科 阪井芳貴教授
人文社会学部 石坂優佳さん / 田中雅之さん / 新美由布子さん / 花井千明さん / 樋口拓弥さん
牧村幸奈さん / 矢野勇気さん / 渡部大貴さん *アイウエオ順
名古屋市博物館 学芸課 係長 村木誠さん / 学芸課 武藤真さん / 総務課 主査 杉野直美さん