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AI(⼈⼯知能)を使って、MRI から脳と脳脊髄液を正確に⾃動領域分割し、脳の⽼化による環境変化を観測


脳は硬い頭蓋骨と何層かの膜に覆われて、脳脊髄液に浮いて守られている。健康成人においても、脳体積は20代から徐々に減少し、減少した分だけ脳脊髄液が増加する。成人の頭蓋内の脳脊髄液の総量は約150mLと多くの医学書に記述されているが、脳MRI からAIを使って正確に脳区域と脳脊髄液を自動領域分割した本研究の結果、健康な20代の脳脊髄液の量は約265mL (頭蓋内容積の20%未満)で、毎年約3 mL (約0.2%)ずつ増加し、80歳以上では450mL以上 (30%以上)まで増加していることが明らかとなった。今後、認知症の早期発見と予防を目的とした脳ドック検診にも活用されると考える。
European Radiology (2023年4月15日公開)

研究成果の概要

本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京都立大学、山形大学、洛和会音羽病院、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現して、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションし、脳卒中、正常圧水頭症、認知症などの脳環境に関連する病態を解明することを目指している。
本研究では、高解像度の3テスラMRI装置で3次元MRIを撮影し、人工知能(AI)※1を活用した自動領域分割アプリケーションを用いて、脳を21領域、脳脊髄液を5領域に瞬時に分割して、各領域の体積と頭蓋内容積に対する体積割合を計測し、健常者の加齢性変化を調査した。この結果、脳の前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉などの灰白質体積割合は加齢により20代から直線的に減少していた。一方、神経線維が豊富な白質の体積割合は40代までは増加し、50代以降から山なりに減少していたが、海馬や辺縁系などの深部灰白質の加齢性変化は少なかった。この脳容積の減少に伴い、頭蓋内の脳脊髄液は増え、脳の表面を覆うクモ膜下腔は加齢により20代から直線的に増えるが、脳の内側にある脳室は20代から60代までは2%未満のまま維持され、60代以降で増える。この60代以降の脳室拡大が、特発性正常圧水頭症(iNPH)※2を引き起こす鍵になるのではないかと考えて、今後のシミュレーション研究を進めていく予定である。
本研究成果は、欧州放射線学会の機関誌であるEuropean Radiologyに掲載された。

背景

成人の頭蓋内の脳脊髄液の総量は約150mLで、脳の表面を覆うクモ膜下腔が約125mL、脳の内側に存在する脳室が約25mLと多くの教科書に記述されてきたが、加齢による変化量については考慮されないまま、加齢の影響を強く受ける脳脊髄液の量と関連する認知症やiNPHなどの病気について研究されてきた。
我が国は以前から脳ドック検診が広く行われており、海馬の体積割合などがアルツハイマー型認知症の画像診断に利用されてきた。しかし、最近のMRIビッグデータを用いた研究により、アルツハイマー病では海馬だけでなく、他の大脳皮質灰白質も同時に健常者よりも体積が早期から減少することが明らかとなってきた。本研究では、医療機器として市販されている3D画像解析システムSYNAPSE VINCENT(富士フイルム株式会社)のアプリケーション『脳区域解析』を用いて、脳と脳脊髄液を自動領域分割し(下図)、その信頼性を検証するとともに、健常者の加齢性変化を調査した。

研究の成果

21歳から92歳までの健常ボランティア133人の協力を得て、高解像度の3テスラMRI装置を用いて、頭部の3次元T1強調MRI 画像を撮影し、脳区域解析アプリケーションにより、脳を21領域、脳脊髄液を5領域に自動分割した。さらに、同一被検者で3次元T2強調MRI画像から脳室とクモ膜下腔を手動で領域抽出し、自動算出された局所領域の体積と頭蓋内容積に対する体積割合の信頼性を検証した。この結果、脳室とクモ膜下腔の級内相関係数(ICC)※3は、それぞれ0.986と0.882と高く、自動領域分割された体積・体積割合が十分に信頼できることを確認した。
本研究によって、20代の脳脊髄液の総量は平均約265mL (20%未満)で、毎年約3 mL (約0.2%)ずつ増加し、80歳以上では平均450mL以上 (30%以上)となり、従来の常識とは異なることを示した。さらに、クモ膜下腔の体積割合は、加齢により直線的に増加していたが、全脳室の体積割合は、20代から60代までは2%未満のまま維持され、60代以降で急激に増加していた。健常者でも60代以降で脳室が拡大してくる機序が、iNPHを発症する鍵になると考え、今後の研究を進めていく。

研究のポイント

  • 20歳以上の健常ボランティア133人に頭部の3次元T1強調MRIを撮影し、『脳区域解析』アプリによる脳と脳脊髄液の自動領域分割の精度を検証した。
  • 加齢に伴う局所脳体積の減少と、脳脊髄液の増加、脳室拡大の関係性を調査した。
  • 成人の頭蓋内脳脊髄液の総量は、従来考えられていた150mLよりも多く、20代で平均約265mL (20%未満)、80歳以上では平均450mL以上(30%以上)であった。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

本研究によって、日本で医療機器として認可、市販され、すでに全国の病院で稼働している3次元ワークステーションのアプリケーションを使って、健常成人における脳と脳脊髄液腔の加齢による変化を観測した。従来の脳ドック検診では、海馬の体積割合を数値で示して、認知症の早期発見に貢献してきたが、海馬以外の脳の萎縮は主観的に判定されており、判定者によって判断が異なることが課題であった。
今後はこのアプリを使用することで、どの脳領域が異常に萎縮しているかを数値で示すことができるようになり、今後の認知症の早期発見と予防を目的とした脳ドック検診にも活用されると考える。さらに、脳体積の減少と脳脊髄液の増加は表裏一体の関係にあるが、脳の内側に存在する脳室が拡大して、60歳以上になるとiNPHを発症する機序についてはいまだ解明されていない。
本研究により、健常者でも60代以降で脳室が拡大してくることが示され、脳室拡大のメカニズム解明の糸口になると考えている。脳血液循環と脳脊髄液の環境を3次元モデル化し、コンピューターシミュレーションで脳の老化やiNPHやアルツハイマー病などの認知症の発症メカニズム解明を目指す我々の医工連携研究に、本研究成果を活用していく。

用語解説

※1 人工知能(AI):Artificial Intelligenceの略。AIを使った画像認証、領域分割の技術は、カメラの顔認証や、車の自動運転の技術などと同じニューラル・ネットワークを利用した深層学習法。
※2 特発性正常圧水頭症(iNPH):idiopathic Normal Pressure Hydrocephalusの略。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。
※3 級内相関係数(ICC):Intraclass Correlation Coefficientsの略。統計学で、計測値の信頼性の検証に使用される。誰が計測しても、何回計測しても値が一致すれば、信頼性が高いと判断できる。ICCは0~1の値をとり、1に近いほど信頼性が高く、一般的に0.7以上であれば信頼性があると判定されることが多い。

研究助成

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析]
・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション]
・公益財団法人大樹生命厚生財団 医学研究特別助成 [研究課題名:正常圧水頭症による認知症の診断・治療]

論文タイトル

Aging-related volume changes in the brain and cerebrospinal fluid using artificial intelligence-automated segmentation

著者

山田 茂樹1, 2, 3)、大谷 智仁4)、伊井 仁志5)、河野 浩人3)、野崎 和彦3, 7)、和田 成生4)、大島 まり2)、渡邉 嘉之6)

<所属>
1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
3;滋賀医科大学 脳神経外科学講座
4;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
5;東京都立大学大学院システムデザイン研究科・機械システム工学域
6;滋賀医科大学 脳神経外科学講座
7; 東近江総合医療センター

掲載学術誌

学術誌名:European Radiology
DOI番号:10.1007/s00330-023-09632-x
本文:https://rdcu.be/c9Z62