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国際宇宙ステーション・「きぼう」⽇本実験棟でのコロイド会合体形成実験


研究成果の概要

2020年7月に国際宇宙ステーション (ISS)・「きぼう」日本実験棟で、名古屋市立大学大学院 薬学研究科ほか、多くの関係機関が参加してのコロイド粒子の会合に関する実験が実施されました。その後、会合体の構造について3次元顕微鏡や中性子散乱法などを用いた詳細な解析を行い、このたび、解析結果をまとめた論文が、ネイチャー誌の宇宙実験に関するパートナージャーナルであるnpj Microgravity誌9巻に掲載されました。

宇宙実験の概要

正および負電荷を持つコロイド会合体の模式図

図1 正および負電荷を持つコロイド会合体の模式図

名古屋市立大学大学院 薬学研究科 コロイド・高分子物性学分野の三木裕之、石神瑛圭(共に大学院生)、山中淳平教授、奥薗透准教授、豊玉彰子准教授、および多くの大学院生・学部生による、コロイド微粒子の会合・凝集に関する研究が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)採択テーマ[1]として、国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟で2020年7月に実施されました。本研究には、薬学研究科 樋口恒彦名誉教授、医学研究科職員 高瀬弘嗣、オーストラリア中性子科学技術機構 Jitendra Mata博士も参加しています。宇宙実験は、JAXA、日本宇宙フォーラム(JSF)、 有人宇宙システム株式会社(JAMSS)、 株式会社エイ・イー・エスから多くの関係者が参加して実施されました。
本実験では、正(プラス)および負(マイナス)電荷を持つ1マイクロメートル程度の粒子を水に分散させたコロイド液が、宇宙飛行士によって微小重力環境で混合されました。図1は粒子の会合の模式図を示しています。
プラスとマイナスの電荷を持つコロイド粒子がそれぞれ分散した液を、中央に隔壁を持つプラスチックバッグ(図2)の両側に入れ、ロケットでISSの「きぼう」日本実験棟に運びました。バッグは容積が3 mLの2つの部屋は連結されており、強く押すことで隔壁が破れ、2液が混合されます。宇宙実験に用いた粒子は、比重が小さく(1.05)、地上でも会合体の生成が確認できるポリスチレン粒子と、比重が大きく(約3以上) 地上では沈降のため実験が困難なチタニア(二酸化チタン、 TiO2) 粒子などです。

宇宙実験に用いたサンプルバッグ。 「きぼう」内で飛散しないように、紐で結ばれている。

サンプルバッグを押して隔壁を破ることができる。

図2 (左)宇宙実験に用いたサンプルバッグ。 「きぼう」内で飛散しないように、紐で結ばれている。(右)のように、サンプルバッグを押して隔壁を破ることができる。
ISS「きぼう」日本実験棟で宇宙飛行士がバッグを強く押すことで中央の隔壁を破り、2液が混合されました。またこれらの液には、紫外線を照射すると、液が「ゲル」になる化合物があらかじめ溶かしてあり、会合体が生成したあと「きぼう」で紫外線を照射し、試料を固定しました。
固定された試料は地上へ輸送され、2021年3月に約30本の試料が名古屋市立大学に届き、分析を開始しました。地上では作製し難い、高比重粒子(チタニア粒子)の会合体の生成が確認できました。3次元的な構造が観察できる「共焦点レーザースキャン顕微鏡」や、集合体構造の統計的な解析ができる「中性子散乱法」を用いて、約2年間にわたる詳細な分析を行いました。その結果、比重が小さいポリスチレン粒子についても、宇宙ではより規則正しい構造が生成したことが分かり、粒子の会合に対する微小重力の影響が明らかになりました。

図3は地上に帰還し、バッグから取り出して、分析のために切断したサンプル、図4は顕微鏡観察結果(ポリスチレン粒子)で、様々な会合体が生成したことが確認できました。

地上に帰還した宇宙実験試料

図3 地上に帰還した宇宙実験試料

宇宙実験で生成した会合体(ポリスチレン粒子)

図4 宇宙実験で生成した会合体(ポリスチレン粒子)

宇宙実験で生成した鎖状の集合体(チタニア粒子)

図5 宇宙実験で生成した鎖状の集合体(チタニア粒子)

また、チタニア粒子については、m=1〜4の会合体に加え、鎖状の集合体も観察されました。図5に例を示します。このような構造は、地上では沈降のために確認できなかったもので、今回の宇宙実験ではじめて確認されたものです。

[1] JAXA「きぼう」website
https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/subject/science/70504.html

研究の成果

比重が小さく、地上では沈降の影響が大きくないと思われていたポリスチレン粒子について、宇宙では規則正しい構造が生成したことが分かり、粒子の会合に対する微小重力の影響が明らかになりました。
また地上では沈殿するため、会合体が作製困難な高比重のチタニア(二酸化チタン)粒子についても、宇宙実験で会合体がはじめて観察でき、会合条件を検討することができました。

研究のポイント

  • 国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟の微小重力環境で、プラスとマイナスの電荷を持った粒子の会合体を作製することに世界で初めて成功しました。
  • ゲルで固定された試料の分析を行い、地上では形成され難い、高比重粒子の会合体が生成することが確認できました。
  • 詳細な分析を行い、微小重力下では地上より規則正しい構造が生成したことが明らかになりました。
  • 地上では作製困難な高比重のチタニア(二酸化チタン)粒子についても、宇宙実験で会合体がはじめて観察できました。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

得られた実験成果は、会合現象に関する基礎研究に加え、フォトニック結晶やコロイド粒子を利用したセンサー作製の基礎データとして、バイオや診断、環境の分野で活用が期待されます。

用語解説

コロイド(colloid)
「コロイド」とは、ナノメートルからマイクロメートルサイズの分散相(粒子に限らない)が媒体に分散した系の全体を指し、「コロイド分散系」と同義である。物質を分散させることがコロイド科学の中心課題であるため、その逆の、凝集・会合に関しても、長年研究が行われてきた。コロイド粒子は適切な条件を選ぶと、分散液中で自発的に集合して、さまざまな秩序構造を形成する。多数の粒子が形成する規則配列構造(コロイド結晶)については、半世紀以上にわたる研究成果が集積されている。また近年、数個から10個程度の少数の粒子系が作る、「クラスター」(会合体)の研究も活発である。コロイド結晶およびクラスターのいずれについても、原子・分子系の相転移のモデル系としての基礎的研究から、複雑構造を持つ新規材料への応用研究まで、幅広い検討が行われている。特に近年、異方的な相互作用を持つ粒子が開発され、また、多成分コロイド系の構造形成の研究が進展した結果、様々な新規構造が作製されている。

フォトニック結晶(photonic crystal)
 屈折率が光の波長のオーダー(可視光線では、400nmから800 nm)で周期的に変化する構造体を、フォトニック結晶という。結晶内部の光の伝わりかたを、構造によって制御できる。基本研究とともに応用開発がさかんに進められており、一部で実用化されている。ダイヤモンド格子型の構造を持つフォトニック結晶は、「光の閉じ込め」が可能であることが理論的に分っており、リソグラフィー法などでダイヤモンド構造が作製されているが、コロイドの自己集積では、大型の結晶が自発的に生成する利点があるため、世界的に活発な研究が行われている。

ゲル(gel)
液体の中に特定の物質が分散していて、かつその物質が網目状に結合・集合して流動性を失い、全体としては固体状になったものをいう。物質が高分子で、網目状になったゲルを高分子ゲルという。また分散媒が水のゲルをヒドロゲル (hydrogel)という。ゼリー、豆腐、こんにゃく等はゲルである。ここでは、合成高分子である、ポリアクリルアミドのゲルが生成するような反応液を用いる。

研究助成

科学研究費補助金 基盤研究(C) (17K04990)
医療創薬デザイン人材養成フェローシップ(三木裕之、藤田みのり)

論文タイトル

Clustering of Charged Colloidal Particles in the Microgravity Environment of Space
(宇宙の微小環境における荷電コロイド粒子の会合)

著者

(名古屋市立大学 大学院薬学研究科)三木裕之、石神瑛圭、山中淳平、奥薗 透、豊玉彰子、藤田みのり、樋口恒彦
(名古屋市立大学 薬学部)駒沢穂乃佳、竹田優志、南まどか、土井真穂
(名古屋市立大学 医学研究科)高瀬弘嗣
(オーストラリア中性子科学技術機構(ANSTO))ジテンドラ・マタ
(宇宙航空研究開発機構(JAXA))足立 聡、坂下哲也
(日本宇宙フォーラム)島岡太郎、永井正恵
(株式会社 エイ・イー・エス)渡邊勇基、福山誠二郎

掲載学術誌

学術誌名:npj Microgravity
DOI番号:10.1038/s41526-023-00280-5
論文webページ: https://doi.org/10.1038/s41526-023-00280-5
PDFダウンロード: https://www.nature.com/articles/s41526-023-00280-5.pdf