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製薬企業の国際展開戦略において、サイズ感や得意領域にあった成長戦略があることを示唆


研究成果の概要

製薬会社は、近年研究開発生産性の低下により、事業継続に課題を抱えています。本研究では、企業規模を考慮した上で、地域と治療領域の2つの戦略的柱の関係を検証しました。その結果、中堅・中小企業では治療領域重視が、大企業では地域重視が有効な戦略であることが示されました。これらの知見は、2004年から2018年にかけての伝統的なグローバル製薬モデルの限界を浮き彫りにし、これらの企業の将来の企業戦略立案に貢献できると考えています。

背景

医薬品産業は、革新的な医薬品の創出やアンメットニーズへの対応により、成長を続けています。2000年に3,600億ドルだった世界の医薬品市場は、2010年には2.4倍の8,600億ドルに成長しました。しかし、近年は、エルームの法則※1に象徴される研究開発生産性の大幅な低下、ブロックバスター※2の特許切れ、ジェネリック医薬品のシェア拡大、医療制度改革による医薬品価格の低下などにより、これまでのビジネスモデルを維持することは難しくなってきています。このような長年の状況を踏まえ、近年、FDAや各国当局の規制改革やイノベーションが断続的に行われ、変化の兆しが見えてきており、それと並行して、メガファーマ※3は売上を維持するために、より多くの技術を外部から導入することを推進しています。その結果、バイオテクノロジー企業や、彼らから投資や買収を受けた中小の新興企業は積極的に研究開発を行い、業界全体のパイプラインの数を増やしています。こうした変化の兆しがあるためか、長年懸念されてきたエルームの法則が破られたとの報告もなされています。世界の医薬品売上高だけをみても、直近では約1.5兆ドルで、2010年の約2倍となっています。
このような複雑な背景から、製薬企業の戦略策定において、地域や治療領域(TA)フォーカスは重要な検討事項です。2000年代以降、多くの企業が特定のTAを選択・集中する戦略を採用し、集中投資型が標準となっています。地域戦略は国際化され、企業は発祥の地(ホーム)から他地域へ積極的
に進出し、ターゲット市場を拡大しました。その結果、2017年には、大手製薬会社50社が世界の医薬品市場の70%以上を占めるようになりました。
これまでの研究の課題は、地域戦略とTA戦略が別々に検討されており、複合戦略の有用性が不明であることでした。特に、地域戦略において、国際展開と地域展開のどちらが効果的であるかについては、コンセンサスが得られていませんでした。そこで、本研究では、企業規模を考慮した地域戦略とTA戦略の関係を検討し、その成長戦略立案への示唆を得ることを目的としました。

研究の成果

我々は、2010年から2018年は、メガファーマ同士の大規模なM&Aが一段落し、対象企業が自社による成長に転じた時期であることから、この期間を分析に採用しました。さらに、2018年の世界市場における総売上高による製薬会社上位50社に着目し、2010年から2018年までの医療用医薬品の総売上高、地域別売上高、領域別売上高のデータをCortellis™および各社の年次報告書・財務報告書から集計し、分析を行いました。
その中でも国際戦略の特徴的な成功事例であるロシュと中外製薬をケーススタディとして選定し、定性的な分析を行った結果、定量分析では、中堅・中小企業では、地域戦略で有意差が認められ(p<0.05)、TAフォーカス企業群の方が良好な結果が得られました。一方、大企業では、地域戦略に有意差が認められ(p<0.05)、地域重視の企業グループの業績が高いことがわかりました。また、個々に着目すると、中堅・中小企業ではTA戦略、大企業では地域戦略に大きな違いが見られました(図1)。

企業規模別の治療領域・地域戦略と総売上高の伸び率の関係

図1 企業規模別の治療領域・地域戦略と総売上高の伸び率の関係。
縦軸は、2010~18年における総売上高成長率の割合を示している。空白と斜線のバーは、それぞれ戦略強度の強い企業群と戦略強度の弱い企業群を示す。

中堅・中小企業の経年変化を調べると、総売上高が増加した企業は、TAフォーカス戦略を採用した企業でした(図1、図2)。このことは、中堅・中小企業にとって、フォーカス戦略、特にTAフォーカス戦略の採用が有効な成長戦略であることを示唆しています。

製薬会社の戦略的配分

図2 製薬会社の戦略的配分
地域戦略やTA戦略の方向性の2018年における強弱に応じて、4つの象限に適宜分類した。配分の変更があった企業については、( )内に2010年の以前のものを記した。

逆に、大手企業は、TA重視、地域重視へのシフトが顕著になってきています。この傾向は、研究開発生産性の低下により資源集中の必要性が高まり、これまでのグローバル製薬モデルから脱却した結果であると考えられます。注目すべきは、リージョナルフォーカス戦略を採用した企業で顕著な業績向上が見られたことであり、これは以前の我々の先行研究と一致しています。これは、自社が強みを持つ地域や今後の成長が見込まれる地域に集中し、他企業とのアライアンスによって他の地域に進出するという、新しいグローバルフランチャイジングモデルの優位性を示しています。この点については、以下の事例をもとに検討しました。
地域集中戦略を採用する大企業のうち、ロシュグループの事例を選び、価値創造のメカニズムを検証しました。ロシュと中外製薬の提携は、それぞれの経営が独立していることが特徴です。ロシュは中外製薬の株式の59.9%(2008年5月までは50.1%)を保有していますが、中外製薬はアライアンス交渉において、独立経営と上場維持のための「絶対条件」を提示しています。これが20年間、社名変更も代表者派遣もなく維持されています。提携が成立した2002年以降、中外製薬が生み出した4つの医薬品の世界累計売上高は約1兆円に達し、ロシュグループの収益に貢献しています。つまり、この提携は、北米や日本など各地域の規制や医療制度の特徴や違いを考慮しながら、地域集中や自律的な経営判断の最適化を図り、ロシュグループとして提携下の戦略製品などの地域フランチャイズのグローバル展開を実施した結果であると解釈することができます。すなわち、大企業とローカル企業の双方に有効な新しい地域拡大戦略、グローバル医薬品モデルの実践の好事例となるでしょう。

この結果、今後の製薬企業の拡大モデルとして、中堅・中小企業は成長戦略の柱として、特定のTAに資源を集中させるべきであることが示唆されます。また、専門性の高い製薬会社になれば、必要以上にTAやモダリティを拡大することなく、国際展開することでさらなる成長を目指すことができます。大企業にとっては、事業環境の変化により、従来のグローバル製薬モデルから脱却する段階に来ています。つまり、特定地域に集中しながらも、グローバルアライアンスを活用することで、グローバルとローカルの成長戦略を両立させることが可能になっているのです。

研究のポイント

  • 製薬業界の国際戦略において、中堅・中小企業は成長戦略の柱として、特定の治療領域に資源を集中させるべきことが示唆された
  • 逆にメガファーマは、従来のグローバル製薬モデルから脱却する段階が来ていることが示唆された
  • その結果、中堅・中小企業では治療領域重視が、大企業では地域重視が有効な戦略であることが示された

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

論文中でも示されたように、製薬業界は複雑な問題を内包しながら、関係者らの努力により持続的な成長を続けています。時代によって最適な戦略は変化しつつあり、その都度最適な戦略が必要となります。しかしながら、製薬産業は、知識集約型のグローバル産業であり国際展開は必須な業態であることは間違いありません。このような戦略策定能力やその研究開発力の源泉には、日本が他国に比べて現状立ち遅れている地域の大学や研究教育機関への基礎的な投資と専門家の育成が非常に重要です。

用語解説

※1 エルームの法則:ムーアの法則(Moore law)を反転させて、製薬業界の10億ドル単位の研究開発費に対して承認される新薬の数は1950年以来、9年ごとに半減していることを揶揄するエルームの法則(Eroom Law)と呼ばれる造語。

※2 ブロックバスター:画期的な薬効を持つ新薬で、その対応疾患領域で発売されている他製品と比べ圧倒的な売り上げをあげる製品のこと。売り上げの明確な定義は存在していないが、年商10億ドル以上の製品を指すことが多い。

※3 メガファーマ:圧倒的な売上高を誇り、潤沢な研究開発費用を駆使して新薬創出を担い、その国を代表するような製薬メーカーを指して呼ばれる。この論文上での定義は、年間売上100億ドル以上の製薬企業。

研究助成

文部科学省科学研究費補助金(助成番号:20H01546、21H00739)

論文タイトル

Strategic trends of pharmaceutical companies: A growth model through regional focus and inter-regional alliances

著者

中島彰仁1* 児玉耕太2* 仙石慎太郎1*
* equal contribution
所属
1 東京工業大学環境・社会理工学院
2 名古屋市立大学データサイエンス学部

掲載学術誌

学術誌名 Drug Discovery Today
DOI番号:10.1016/j.drudis.2022.103483