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⾒ないで物の存在と位置を判定できる量⼦的方法を開発!光を当てないで(相互作用をしないで)観測できる方法の実現へ


研究成果の概要

静岡大学大学院総合科学技術研究科の冨田誠教授および名古屋市立大学大学院芸術工学研究科の松本貴裕教授の共同研究グループは、光を当てないで(物理的相互作用をしないで)物の存在と位置を同時に判定できる量子光学※1的手法の開発に成功しました。
私たちが物を見るということは、そこに当たった光を捉えるということです。したがって、真っ暗闇の中では物は見えません。しかし近年、観測対象に光子※2を1個も当てないのに、物体が存在することがわかる観測方法が考案されています。この方法は、量子光学の分野において“相互作用フリー測定(Interaction Free Measurements)”という名前で呼ばれています。しかし、現段階までの研究において、この相互作用フリー測定は、物体の存在を断定することができる確率が低く、また、物体の位置情報まで入手することはできませんでした。
今回の研究において、光子を1個も当てずに、物体が存在するのみならず、物体の位置情報を100%の確率で判定することができる量子光学的手法の開発に成功しました。今回の研究成果は、光を当ててしまうと容易に壊れてしまう分子や生体物質の分析や画像計測への応用に大きく寄与できるものと考えています。また、本研究成果を用いることによって、将来のより安全な非侵襲型X線撮影技術の構築にも大きく貢献できるものと考えています。本研究は,Nature Research 社の『Scientific Reports』に令和5年5月19日に掲載されました。

背景

マッハツェンダー干渉計を利用した従来の相互作用フリー測定構成図

図1. マッハツェンダー干渉計を利用した従来の相互作用フリー測定構成図。
物体が干渉計内に存在しない場合はいつでも検出器D1に光子が入射して、検出器D2には光子が入射しない状態になっている。干渉計の経路に物体を置くと、この物体によって光の干渉効果が壊れるため、光子が検出器D2に入射します。逆に言うと,検出器D2で光子が検出されれば,1光子と物体が実際に相互作用することなく,物体が必ず干渉計内に存在すると言う事ができます。

量子力学的な相互作用のない測定は,量子尋問※3とも呼ばれ、1光子の吸収がないにもかかわらず、吸収している物体を光学的に検出することができます。最初の測定(仮想実験)は1993年にイスラエルの物理学者ElitzurとVaidmanによって提案され、図1に示すようなマッハツェンダー干渉計に物体を挿入することで行われました。物体が干渉計内に存在しない場合はいつでも検出器D1に光子が入射して、検出器D2には光子が入射しない状態を形成しておきます。ここで、干渉計の経路(位置A)に物体(吸収体)を置くと、物体によって光の干渉効果が壊れるため、特定の確率で光子が検出器D2に入射します。このように、1光子を干渉計に入射させることによって、検出器D2に光子が検出されれば、1光子と物体が実際に相互作用することなく、干渉計内に物体が存在する情報を得ることができるのです。しかし、この手法を用いて物体が存在することを示せる確率は25%程度であり非常に低く、また,物体が干渉計のどちらの経路(位置Aまたは位置B)に置かれているのかも断定することは不可能です。

研究の成果

リング型共振器を縦に5個配置した新しい相互作用フリー測定(量子トラップ型)の構成図

図2. リング型共振器を縦に5個配置した新しい相互作用フリー測定(量子トラップ型)の構成図。
物体は5個の円周のどこか1箇所に配置します。物体が無い場合は、1光子はPort6にまで到達します。即ち、Port6の光検出器が1光子を検知すれば、この共振器内には物体が無いことを100%の確率で示すことができます。一方、Port4とPort5の間の共振器内に物体を配置した場合、Port4の光検出器が1光子を検出することになるので、100%の確率で物体がPort4とPort5の間に配置されたことがわかります。

静岡大学大学院総合科学技術研究科の冨田誠教授および名古屋市立大学大学院芸術工学研究科の松本貴裕教授の共同研究グループは、光ファイバーを用いたリング型共振器を多数列接続することによって、光を当てないで(相互作用をしないで)、リング型共振器のどの位置に物体が置かれているかを100%の確率で判定できる量子光学的手法の開発に成功しました。
図2は、リング型共振器を縦に5個配置した構成となっています。物体は5個の円周のどこか1箇所に配置します。リング型共振器の干渉効果を利用することにより、黄色の矢印で表示された1光子がこのリング型共振器に入射した場合、物体が無い場合はPort6にまで到達します。即ち、Port6の光検出器が1光子を検知すれば、このリング型共振器内に物体が無いことを100%の確率で示すことができます。一方,リング型共振器内のどこかに物体が配置された場合は,そのPortから先のリング型共振器の干渉が破壊されるため、物体より手前に配置された光検出器が1光子を検出することになります。例えば、図2に示すように、Port4とPort5の間のリング型共振器内に物体を配置した場合、Port4の光検出器が1光子を検出することになるので、100%の確率で物体がPort4とPort5の間に配置されたことがわかります。
リング型共振器を利用することによって、図2に示した物体検出以外にも、図3に示すように、物体に埋もれた中から抜け穴を探すような応用も可能となります。例えば、図3では、物体(1光子を吸収することで爆発する物体?)が1、2、3、5に配置してありますが、今回の手法を用いることによって,光を当てないでどの位置から逃げることができるかを100%の確率で示すことが可能となります。

リング型共振器を横に5個配置した新しい相互作用フリー測定(量子抜け穴型)の構成図

図3. リング型共振器を横に5個配置した新しい相互作用フリー測定(量子抜け穴型)の構成図。
物体に埋もれた中から抜け穴を、1光子と物体が実際に相互作用することなく、探すことも可能となります。例えば、物体が1、2、3、5に配置してありますが、今回の手法を用いることによって、光を当てないで4の位置から逃げることができることを100%の確率で示せます。

今回の研究成果は、例えばエネルギーの高い(物体を破壊しやすい)X線において、X線を当てないでも物体の存在および位置情報を得ることができる技術に繋がるため、将来のより安全なX線撮影技術に大きく貢献できるものと考えています。また、今回の研究成果を、現在開発が盛んに行われているマイクロ光デバイス(微小球や微小リング共振器が多数並んだ構造)へ応用することによって、微弱な光照射でも壊れてしまう分子や生体物質の分析や画像計測技術の発展にも大きく寄与できるものと考えています。

用語解説

※1量子光学:物理学の研究分野の1つで、光ならびに電磁場の波動性と粒子性を量子力学的に精密に取り扱う分野です。量子もつれ、量子テレポーテーション、レーザー冷却、ボーズ凝縮等、数々の物理的に重要なテーマが量子光学の考え方を基礎に置いています。また、近年、多くのノーベル物理学賞受賞者を輩出している分野でもあります。
※2光子:光子は電磁場の量子化によって出現する素粒子で、その挙動は波動性と粒子性の両方の特性を示します。光子の最小個数は1個で、これより小さな個数には分割できません。光子は質量を持たないため、真空中では常に光の速度(凡そ3×108 m/s )で伝播します。
※3量子尋問:相互作用フリー測定の別名で、量子力学的な相互作用のない測定手法は、量子光学の分野では量子尋問とも呼ばれます。観測対象に光子を1個も当てないのに(見ないのに)、物体が存在することがわかる(観測できる)“見ないで観る”光子検出方法です。

研究助成

本研究は,日本学術振興会科学研究助成事業基盤研究(B)(ナノ構造半導体における巨大同位体効果の解明:20H04455)の研究助成により行われました。

論文タイトル

“Multiple quantum interrogation to determine the position of an object in a serial array of ring resonators”

著者

中村圭吾 (静岡大学総合科学技術研究科)
杉尾大輝 (静岡大学総合科学技術研究科)
真鍋貴大 (静岡大学総合科学技術研究科)
冨田誠  (静岡大学総合科学技術研究科)
景山明里 (名古屋市立大学芸術工学部,現株式会社システムリサーチ)
松本貴裕 (名古屋市立大学芸術工学研究科)

掲載学術誌

学術誌名:Scientific reports (サイエンティフィック レポーツ)
DOI番号:https://www.nature.com/articles/s41598-023-35035-5