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くも膜下出血後の脳脊髄液ドレナージを間欠的に行うことで慢性水頭症を減らす


くも膜下出血発症後に好発する慢性水頭症※1は、機能予後と密接に関連しており、発症予防が望まれるがこれまであまり有効な予防法はなかった。従来は、くも膜下出血の出血量が多いほど慢性水頭症になりやすいことから、血性髄液を脳脊髄液ドレナージ※2で24時間持続的に抜き続けるのが良いと考えられていたが、本研究では逆に持続的ではなく、8時間毎に1日に3回、間欠的に排出した方が、慢性水頭症になりにくい可能性があることを初めて明らかにした。

研究成果の概要

本研究は、名古屋市立大学 脳神経外科学講座 間瀬光人教授が研究代表となり、2007年から継続している前向き臨床研究の成果である。今回、くも膜下出血の術後集中治療管理において、持続的に1日150mL排出する脳脊髄液ドレナージよりも、8時間毎に1日3回、間欠的に1回50mLずつ(合計150 mL/日)排出する方が、慢性水頭症の発症率が低いことを初めて明らかにした。
本研究成果は、2023年3月17日にパシフィコ横浜で開催された第39回脳卒中学会総会と2023年10月26日に同じくパシフィコ横浜で開催された日本脳神経外科学会第82回学術総会において、名古屋市立大学 脳神経外科学講座の山中智康助教が口演発表するとともに、国際水頭症学会の機関誌であるFluids and Barriers of the CNSに原著論文が掲載された。

背景

くも膜下出血は、今なお死亡率が高い病気であり、生存しても意識障害や片麻痺、失語症など重症の後遺症をきたしやすい病気である。破裂した脳動脈瘤に対する再破裂予防を目的とした開頭クリッピング術やコイル塞栓術の急性期治療が成功しても、しばらくしてから慢性水頭症(続発性正常圧水頭症)を発症すると意識障害の遷延や悪化、歩行障害、認知機能障害、排尿障害など症状が増悪するため、脳脊髄液ドレナージを含めて各施設で様々な術後集中治療管理により慢性水頭症の発症予防が試みられてきた。くも膜下出血は初期の出血量が多いほど、発症時の症状が重いほど、慢性水頭症を発症しやすいことが知られていたため、出血によって赤くなった血性髄液をできるだけ多く排出した方が慢性水頭症の発症予防に効果があるのではないかと考えられていた。しかし、近年の研究によって、脳脊髄液の総排出量は慢性水頭症の発症とは関連しておらず、むしろ脳脊髄液ドレナージは短期間にとどめて、できるだけ早く抜去した方が慢性水頭症を発症しにくいという研究成果が欧米から報告されていた。そこで、脳脊髄液を24時間排出し続けることが、くも膜下腔の癒着を促し、逆に慢性水頭症の発症リスクを上げているのではないかとの仮説を立て、2007年より脳脊髄液の間欠的ドレナージと持続的ドレナージを比較してきた。

研究の方法

名古屋市立大学内研究倫理審査委員会の承認を得て、後方視的観察研究を行った。対象は、2007年2月から2022年11月までの期間に、名古屋市立大学病院において、発症から72時間以内に破裂脳動脈瘤に対して開頭クリッピング術もしくはコイル塞栓術の急性期治療が行われたくも膜下出血の患者252人中、脳脊髄液ドレナージが行われた204人とした。持続ドレナージに対する間欠的ドレナージの慢性水頭症の予防効果を、ロジスティック回帰分析による多変量オッズ比を算出し、Cox比例ハザードモデルで慢性水頭症の発症頻度を比較した。さらに、慢性水頭症との関連が考えられる因子として、1. くも膜下出血の重症度, 2. 急性水頭症, 3. 脳脊髄液ドレナージの初期圧設定, 4. 脳内血腫合併の有無について、2群に分けて間欠的ドレナージの慢性水頭症の予防効果を検証した。

研究の成果

くも膜下出血後に脳脊髄液ドレナージが行われた204人のくも膜下出血患者のうち、136人(67%)に持続ドレナージが行われ、68人(33%)に間欠的ドレナージが行われた。2群間では、性別、年齢、脳動脈瘤の部位に統計学的に有意な差異はなかったが、くも膜下出血発症時の重症度と急性水頭症の併存については、持続ドレナージが行われた群の方が有意に重症かつ急性水頭症の合併頻度が高かった。
持続ドレナージが行われた136人中74人(54%)、間欠的ドレナージが行われた68人中22人(32%)に慢性水頭症を発症した。持続ドレナージに対する間欠的ドレナージの慢性水頭症発症の多変量オッズ比は、0.25 (95%信頼区間:0.11­0.57, P値:0.005)であった。さらに、間欠的ドレナージによる慢性水頭症の予防効果については、層別化解析では、くも膜下出血発症時の重症度が重症群の方が、脳脊髄液ドレナージの初期圧設定が高い群の方が、脳内血腫合併群の方が、高かった。一方、くも膜下出血発症時に急性水頭症を併発していた患者群においては、間欠的ドレナージの慢性水頭症予防効果は認められず、急性水頭症を併発していない群においてのみ、間欠的ドレナージの効果が確認された。

実験結果の図

研究のポイント

  • くも膜下出血後の脳脊髄液ドレナージは、24時間持続して行うよりも、8時間毎に1日3回に分けて間欠的に行った方が、慢性水頭症の発症率が有意に低いことを発見した。
  • くも膜下出血発症時に急性水頭症を併発している場合には、間欠的ドレナージによる慢性水頭症の発症抑制効果がないことから、従来通りの持続ドレナージが推奨される。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

くも膜下出血後の血性髄液は、できるだけ多く排出した方が良いと考えて、24時間持続的に脳脊髄液ドレナージするのが一般的なくも膜下出血後の術後管理として定着していた。しかし、持続ドレナージは患者をベッド上に臥床位で拘束せねばならず、リハビリテーションが進まず、下肢筋力低下を来たしやすく、回復を遅らせる一因となっていた。
この研究によって、脳脊髄液ドレナージは持続的に行うよりも逆に8時間毎に1日に3回、間欠的に排出する方が慢性水頭症の発症が抑制される可能性が示され、患者は排出していない時間帯にベッドから離床してリハビリテーションを行うことができ、早期回復にもつながる画期的な慢性水頭症の予防法として提案された。
今回の研究は前向き観察研究だが、ランダム割付試験ではないため、今後は、持続ドレナージと間欠的ドレナージをランダム割付試験で検証するとともに、頭蓋内圧モニターを併用して科学的根拠を裏付けて、研究を発展させていきたい。これまでにくも膜下出血後の慢性水頭症の予防法は確立しておらず、間欠的ドレナージは脳神経外科医の固定観念を覆す画期的かつ簡便な方法であり、社会的意義は大きいと考える。

用語解説

※1 慢性水頭症:くも膜下出血後の慢性水頭症は、続発性正常圧水頭症とも呼ばれ、くも膜下出血後3週間から3か月間ほど経過してから発症することが多く、意識障害の遷延・増悪や歩行障害、認知機能障害、排尿障害などをきたして、病状悪化や回復を遅らせることがある。慢性水頭症を併発した場合は、脳室-腹腔シャント術もしくは腰部くも膜下腔-腹腔シャント術によって永続的に脳脊髄液を体内の他の部位へ流す手術が必要となる。
※2 脳脊髄液ドレナージ:脳脊髄液を排出する方法で、脳室に管を入れる脳室ドレナージの他、頭蓋内くも膜下腔に管を入れる脳槽ドレナージ、腰部くも膜下腔に管を入れるスパイナルドレナージなどの方法がある。くも膜下出血後の血性髄液を排出する目的の他、くも膜下出血後の急性水頭症に対する治療としても行われる。

研究助成

  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明]
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析]
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築]
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析]
  • 文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機システム利用の成果促進)[研究課題名:「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン]
  • 富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション]
  • 公益財団法人大樹生命厚生財団 医学研究特別助成 [研究課題名:正常圧水頭症による認知症の診断・治療]

論文タイトル

Preventive effect of intermittent cerebrospinal fluid drainage for secondary chronic hydrocephalus after aneurysmal subarachnoid hemorrhage

著者

山中 智康1)、西川 祐介1)、岩田 卓士2)、柴田 帝式1, 3)、内田 充1)、林 裕樹1)、片野 広之1)、谷川 元紀1)、山田 茂樹1, 4)*、間瀬 光人1)*

所属
1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2;名古屋市立大学医学部附属東部医療センター
3;名古屋市立大学医学部附属西部医療センター
4;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
(*:Corresponding Author)

掲載学術誌