アルツハイマー病の前臨床モデルにおいて、 βアミロイド誘導性神経病理の形成にインフラマソームは関与しない (病態形成における非炎症性グリア応答という新たな着想を提示)
研究成果の概要
これらの結果は、アルツハイマー病の複雑な発症メカニズムの解明のための新たな着想を提示するだけでなく、薬剤開発における創薬標的の適切さを見直すきっかけになると思われます。
背景
今回、共同研究グループは、アミロイド病理形成に対するインフラマソームの役割の詳細を明らかにするために、齊藤らが開発したヒトのアミロイド病理に非常に類似した病理を呈する前臨床型アルツハイマー病モデルマウス(AppNL-G-Fマウス)を用いて研究を行いました。
図1. インフラマソームは、NF-κB経路と連動して危険シグナルを感知すると、NLRP3/ASC/pro-Caspase-1の複合体の形成およびCaspase-1の活性化が起こる。活性化されたCaspase-1はpro-IL-1βやpro-IL-18などを成熟させ炎症の引き金となる。
研究の成果
図2. (A)ミクログリア特異的なNF-κB経路の活性化に伴い炎症性サイトカインの発現が、野生型マウスAppWTでも、AppNL-G-Fマウスのどちらでも有意に増加した。 (B) アミロイドβの免疫組織化学的解析の結果、アミロイドβの蓄積に差は認められなかった。A20FLは対照マウス、A20Cx3Cr1-KOはコンディショナルノックアウトマウスを表す。
次に研究グループは、アミロイド病理形成に対する炎症の抑制効果を検証しました。そこで、インフラマソーム活性化の鍵分子Caspase-1をミクログリア特異的に欠損させるコンディショナルノックアウトマウスを作製し解析を行いました。
図3. (A)ミクログリア特異的にCaspase-1を欠損させたAppNL-G-Fマウスの開発。(B) アミロイドβの免疫組織化学的解析の結果、アミロイドβの蓄積に差は認められなかった。casp1FLは対照マウス、casp1Cx3Cr1-KOはコンディショナルノックアウトマウスを表す。
さらに研究グループは、ミクログリアにおける限定的なインフラマソームの抑制効果の検証だけでなく、全身性にインフラマソームを抑制させるためにCaspase1/11ノックアウトマウスとAppNL-G-Fマウスの交配マウスを作製し解析を行いました。
図4.全身性にCaspase-1/11を欠損したAppNL-G-Fマウスでもアミロイドβの蓄積に差は認められなかった。免疫組織化学的染色では青:アミロイドβ蓄積、赤:ミクログリア(Iba1)、緑:アストロサイト(GFAP)を表す。
図5. UMAP上の黒丸で囲まれた部分が疾患関連ミクログリア(DAM)を示している。AppNL-G-Fマウスでは野生型マウスに比べてDAM集団の増加が認められた。この集団では、NF-κBおよびインフラマソーム関連遺伝子の発現は高まっていなかった。
これら一連の結果は、2013年のドイツのグループからの報告に反する結果となりました。このような結果になったのは、使用したモデルマウスの違いに依るかもしれないため、アミロイド病理を呈する既報同様のモデルマウス(APP/PS1マウス)を用いて、また既報同様にインフラマソーム構成分子NLRP3の欠損マウスとの交配マウスも樹立して解析を行いました。さらにこれらマウスでのシングルセルRNAseq解析も行いましたが、APP/PS1マウスでもNF-κBおよびインフラマソーム関連遺伝子の発現は高まっておらず、アミロイド病理形成にNLRP3の発現の有無は関与していないことが明らかとなりました。
これまでの研究では、グリア細胞が活性化することは、炎症応答を惹起することと同義であるように考えられてきました。しかし、今回の一連の研究結果から、インフラマソームは前臨床期のアミロイド病理の形成に影響していないことを明らかにしました。そして、アミロイド病理にともなうグリア応答は、炎症惹起に関与するのでは無く、別の作用(非炎症性の応答)を司っていることが新たに示唆されました。
研究のポイント
- インフラマソームは、前臨床期のアミロイド病理の形成に影響していない
- アミロイド病理が形成されても、DAMは炎症性応答をしていない
- 前臨床期におけるアミロイド病理形成にともなう非炎症性のグリア応答機構が存在していることを示唆した
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
【用語解説】
1)アミロイドβ
アルツハイマー病の脳内で確認される主要病理:アミロイド病理(老人斑)を形成する主要なペプチド。遺伝性アルツハイマー病では、アミロイドβの産生が高まっていることが知られる一方、アミロイドβの発現が低い家系ではアルツハイマー病を発症しないことが知られており、アミロイドβの蓄積が疾患発症の引き金になると考えられています。
2)インフラマソーム
炎症応答の重要なシグナル経路であるNF-κB経路と連動して作用する炎症プラットフォーム。炎症を惹起するような危険シグナルが伝わることで、インフラマソームが活性化し、インターロイキン1βなどの炎症性サイトカインの放出を司っています。
3)コンディショナルノックアウトマウス
標的とする細胞特異的に、任意の遺伝子を欠損させたマウス。通常のノックアウトマウスは、マウス個体全身で遺伝子を欠損させているため、遺伝子欠損による全身性の表現型の解析を行うことになります。一方、コンディショナルノックアウトマウスでは、標的細胞群のみでの遺伝子欠損の効果を検証することができます。
4)シングルセルRNAseq解析
一細胞ごとに遺伝子の転写産物の種類と発現量を網羅的に検出することができる手法。各細胞に特徴的な遺伝子発現プロファイルを元に細胞集団を分類し、その集団ごとに特徴的な遺伝子発現情報を解析することができます。
【研究助成】
本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金(20H03564)、AMED (JP21gm1210010s0102、JP21dk0207050h001)、JST (ムーンショットJPMJMS2024)、名古屋市立大学特別研究奨励費(2021101)、堀科学芸術振興財団助成、豊秋奨学会助成 等を受けて行われました。
【論文タイトル】
Inflammasome signaling is dispensable for ß-amyloid-induced neuropathology in preclinical models of Alzheimer’s disease
【著者】
Sahana Srinivasan1,2*, Daliya Kancheva3*, Sofie De Ren4*, 齊藤 貴志5,6,7*, Maude Jans1,2, Fleur Boone1,2, Charysse Vandendriessche1,2, Ine Paesmans4, Hervé Maurin4, Roosmarijn E Vandenbroucke1,2, Esther Hoste1,2, Sofie Voet1,2, Isabelle Scheyltjens3, Benjamin Pavie1,8, Saskia Lippens1,8, Marius Schwabenland9, Marco Prinz9,10,11, 西道 隆臣6, Astrid Bottelbergs4#, Kiavash Movahedi3#, Mohamed Lamkanfi12# and Geert van Loo1,2#
【著者所属】
1. VIB Center for Inflammation Research, Belgium
2. Department of Biomedical Molecular Biology, Ghent University, Belgium
3. Laboratory for Molecular and Cellular Therapy, Vrije Universiteit Brussel, Belgium
4. Neuroscience Therapeutic Area, Janssen R&D, Belgium
5. 名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 認知症科学分野
6. 理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経老化制御研究チーム
7. 名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野
8. VIB Bioimaging Core, Belgium
9. Institute of Neuropathology Medical Center, University of Freiburg, German
10. Signalling Research Centres BIOSS and CIBSS, University of Freiburg, Germany
11 Center for Basics in NeuroModulation, University of Freiburg, Germany
12 Department of Internal Medicine and Pediatrics, Ghent University, Belgium
* 共同第一著者 # 共同責任著者
【掲載学術誌】
学術誌名 Frontiers in Immunology
DOI番号:10.3389/fimmu.2024.1323409