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頭蓋内全体の脳脊髄液の動きをマクロ的に観測する手法を開発


脳脊髄液は、脳に血液がスムーズに流れるように、脳の拍動に合わせて中脳水道や大孔部くも膜下腔を往復運動して圧調整を行っていることが知られている。この脳脊髄液の往復運動は4次元フローMRI※1とintravoxel incoherent motion (IVIM) MRI※2で定量的に観測(数値化)することができる。そこで、本研究ではこの2つのMRIで得られた数値データと統合して、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発した。この手法を用いて、ハキム病 (特発性正常圧水頭症:iNPH)※3で脳脊髄液の動きに異常をきたす機序を明らかにした。
Fluids and Barriers of the CNS (2024年5月30日 21: 00)

研究成果の概要

本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京工業大学、東京都立大学、東北大学、山形大学、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、コンピューターシミュレーションを用いて、ヒトの脳循環と脳脊髄液の動きをモデル化(デジタルツイン)によって、脳の老化現象やハキム病・アルツハイマー病などの認知症、脳卒中などの病態を解明することを目指している。これまでに20歳以降の健常者とハキム病患者に、高解像度の3テスラMRI装置を用いて3次元MRIで脳と脳脊髄液腔の形態的変化を観測し、4次元フローMRIで脳血流と脳脊髄液の3次元的な動きを観測してきた。さらに、2023年にIVIM MRIで脳脊髄液の微細で複雑な動きを観測する手法を開発した。今回の研究では、4次元フローMRIで計測した流速の振幅とIVIM MRIで計測したf値※4を脳脊髄液の拍動・往復運動を表すFluid Oscillation Index (FOI)に統合することで、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発した。
主に加齢が原因で脳脊髄液が増加するハキム病において、頭部の中心に位置する脳室が拡大して中脳水道を往復する脳脊髄液の動きは激しくなる一方で、頭頂部の大脳とクモ膜下腔は圧縮されて脳の拍動が抑えられて脳脊髄液の往復運動が小さくなる事象を全頭蓋内環境の変化として捉えることが可能となった。
本研究成果は、国際水頭症学会(International Society for Hydrocephalus and CSF Disorders: ISHCSF)の機関誌であるFluids and Barriers of the CNSに論文掲載された。

背景

ヒトの体内に流れる液体である血液・リンパ液・脳脊髄液を、造影剤等を使用せずに自然の動きを観察する検査として、これまでにPhase-contrast MRI, Cine MRI, Time-SLIP MRI, 4次元フローMRI, IVIM MRIなど様々なMRI撮像法が開発され、臨床で使われている。このうち、解析によって速度成分を数値化することができるMRI撮像法は、4次元フローMRIと IVIM MRIである。我々は、4次元フローMRIとIVIM MRIを用いて、脳脊髄液の複雑な動態を定量的に観測する方法を開発してきた。これまでの研究成果で、脳脊髄液の速い複雑な往復運動を4次元フローMRI で観測し(Eur Radiol. 2020, AJNR. 2021)、4次元フローMRI では捉えきれなかった微細な遅い動きはIVIM MRIで計算したf値で観測できる(Fluids Barriers CNS. 2023)ことを報告してきた。そこで、ヒトの脳脊髄液の動きを全頭蓋内環境でモデル化するためには、4次元フローMRIとIVIM MRIによって得られた脳脊髄液の往復運動を統合する必要があると考えた。

研究の成果

20歳以上の健常ボランティア127人とハキム病患者44人の協力を得て、高解像度の3テスラMRI装置で、脳脊髄液観測用の4次元フローMRI (venc: 5 cm/秒)とb値が0, 50, 100, 250, 500, 1000 s/mm2の6条件でDiffusion(拡散)強調MRIを撮影した。3DボリュームアナライザーSYNAPSE VINCENT(富士フイルム株式会社)のアプリケーション『4Dフロー』と『IVIM解析』を用いて、脳脊髄液の往復運動を観測した。4次元フローMRI による流速の振幅(上方向と下方向の流速の和)の観測限界が0.4 cm/秒であることを確認し、流速の振幅が0.4 cm/秒に相当するIVIM MRIのf値が75%であることを同定した。そこで、全頭蓋内領域で計測したIVIM MRIのf値を用いて、流速振幅を推定するとともに、両者を組み合わせた新たな指標Fluid Oscillation Index (FOI:下図)を作り、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発した。この手法により、健常者の加齢による脳脊髄液の往復運動の変化と、60歳以上の高齢者に多いハキム病における脳脊髄液の病的な動きを明らかにした。健常者でも60歳以上になると脳室が拡大して中脳水道を往復する脳脊髄液の動きは増加してくるが、ハキム病ではさらに往復運動が激しくなる。ハキム病では、脳室とシルビウス裂の拡大により頭頂部の大脳とクモ膜下腔が圧縮されて、脳の拍動が抑えられ、側脳室と広範囲のクモ膜下腔内の脳脊髄液の往復運動は小さくなる。

図解

研究のポイント

  • IVIM MRIで算出されたf値を用いて、4次元フローMRIでは計測困難な0.4 cm/秒未満の脳脊髄液の速度振幅を推定した。
  • 4次元フローMRIで計算した速度振幅とIVIM MRIで計算したf値を統合したFluid Oscillation Index (FOI)を作り、頭蓋内全体の脳脊髄液の動態をマクロ的に観測する手法を開発した。
  • ハキム病では、中脳水道内の脳脊髄液の往復運動は増加するが、側脳室と広範囲のクモ膜下腔内の脳脊髄液の往復運動は減少する。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

本研究によって、4DフローMRIで計算した脳脊髄液の速い往復運動とIVIM MRIで得られた微細で遅い往復運動を統合して、全頭蓋内の脳脊髄液の動態を可視化できるようになった。この方法を用いて、加齢に伴う脳体積の減少、脳血液循環・脳代謝の減少と強く関連した脳脊髄液の動きをシミュレーションし、ハキム病やアルツハイマー病などの認知症における脳脊髄液の動きとの違いを3次元モデル化して(デジタルツイン)、脳の老化や認知症や脳卒中などの病気のメカニズム解明を目指す我々の医工連携研究に応用していく予定である。

用語解説

※1 4DフローMRI: MRIで一心拍中の体内の液体(血液や脳脊髄液)の流速を前後・上下・左右の3軸方向の位相画像として撮影し、これらを統合して3次元的な液体の動きを観測する方法。
※2 IVIM MRI: Intravoxel incoherent motion MRIは、水分子のランダムな動き(incoherent motion)や自由拡散(diffusion)と微小循環を示す一定方向の動き(coherent motion)と灌流(perfusion)を分離して提示する撮影方法。
※3 ハキム病:従来から、特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)と呼ばれてきた病気と同義。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。脳室が拡大するだけでなく、シルビウス裂・脳底槽も同時に拡大し、高位円蓋部・正中の脳溝が圧迫されて狭くなる特徴的な画像所見Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalus (DESH)を呈する。
※4 f値:IVIM MRIにおける微小灌流成分を0~100%の数値で定量的に示す。

研究助成

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:脳循環代謝シミュレーションモデルによる正常圧水頭症の病態解明]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析]
・文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機シ
ステム利用の成果促進)「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(JPMXP1020230118)
・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション]

論文タイトル

Modeling cerebrospinal fluid dynamics across the entire intracranial space through integration of four-dimensional flow and intravoxel incoherent motion magnetic resonance imaging

著者

山田 茂樹1, 2)、大谷 智仁3)、伊井 仁志4, 5)、伊藤 広貴6)、伊関 千書7, 8)、谷川 元紀1)、
渡邉 嘉之9)、和田 成生3)、大島 まり2)、間瀬 光人1)
<所属>
1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
2;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
3;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域 生体機械学
4;東京工業大学工学院機械系
5; 東京都立大学大学院システムデザイン研究科 機械システム工学域
6; 富士フイルム株式会社 メディカルシステム開発センター
7;東北大学大学院 高次機能障害学
8;山形大学医学部第三内科・脳神経内科
9;滋賀医科大学 放射線医学講座

掲載学術誌

学術誌名:Fluids and Barriers of the CNS
DOI番号:10.1186/s12987-024-00552-6
https://rdcu.be/dJve9