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忘れた記憶を再び思い出せるようにする神経細胞~記憶障害の改善を目指した取り組み~


名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所の野村 洋 寄附講座教授らは、北海道大学大学院薬学研究院の南 雅文 教授との共同研究で、脳内のヒスタミン神経細胞の活性化によって、忘れた記憶を再び思い出せるようになることを発見し、そのメカニズムの一端を明らかにしました。体内でアレルギーに関わる物質として知られるヒスタミンですが、脳においては覚醒や認知機能に重要です。本研究成果は、脳内ヒスタミン神経細胞の働きや、記憶を思い出す神経メカニズムの解明に有益であるとともに、認知機能障害の治療薬開発の一助となることが期待されます。

背景

学習や経験をしてから長い時間が経過すると、そのときの記憶を思い出しづらくなります。加齢や神経変性疾患、精神疾患によってこうした忘却の過程は加速し、生活の質を著しく低下させます。しかし、忘れられたように見える記憶でも、面白いことに、ふとした瞬間に思い出せることがあります。つまり忘却しても記憶の痕跡は脳内に残っており、この痕跡を再活性化できれば、記憶を再び思い出せるようになると考えられます。本研究グループはこれまでの研究で、脳内のヒスタミンを増やす薬によって、忘れてしまった記憶が思い出せるようになる可能性を提唱してきました。この思い出せるようになるメカニズムを解明すれば、認知機能障害の治療薬開発に貢献できると期待できます。しかし、これまで使用してきた薬にはさまざまな作用点があり、脳のどの細胞の活性化によって記憶を思い出せるようになるのかは分かっていませんでした。

研究の成果

実験では、実験箱の中に2つのおもちゃの物体を置き、その環境にマウスを入れて行いました。マウスは物体に触れたり、匂いを嗅いだりして、その特徴を覚えます。次に時間をあけてテストを行い、マウスがこの物体を覚えているかを調べました。1つの物体はそのままにして、もう1つを新しい物体と取り替えました。マウスは新しい物体に触れたり匂いを嗅いだりすることを好むため、最初の物体を覚えていれば、新しい物体の方をより好んで近づきます。トレーニングからテストまでの間隔が短いと(1日以内)、マウスは最初の物体を思い出し、新しい物体に近づきますが、1週間以上経過するとマウスは最初の物体を思い出せません(図1A)。そこで、このように最初の物体を思い出せない状況で、化学遺伝学的手法を用いてマウスの結節乳頭核のヒスタミン神経細胞を選択的に活性化し、テストを行いました。その結果、ヒスタミン神経細胞を活性化されたマウスは、トレーニングから1週間経過した場合でも、最初の物体を思い出すことができました(図1B、C)。この作用には、嗅周皮質という脳の領域のヒスタミンH2受容体の活性が重要でした。

図1:物体の記憶に対する影響

図1:物体の記憶に対する影響
A.トレーニングから1週間後、マウスは最初に学習した物体と新しい物体を区別できない。
B.ヒスタミン神経細胞を活性化されたマウスは、トレーニングから1週間経過した場合でも、最初の物体を思い出し、新しい物体を好んで探索するようになる。
C.最初に学習した物体と新しい物体に対する探索時間。

次に、場所の記憶に対する影響を検証しました。多数の穴があいたプラットフォームを用意し、1つの穴の下に、マウスが避難できる箱を設置しました。マウスはプラットフォームに入れられると、最初は様々な穴を探索して回り、最終的に避難箱にたどり着きます。このトレーニングを繰り返すことで、マウスは周囲の風景を参考にして、避難箱の位置を学習し、すぐに避難箱にたどり着けるようになります。次に、時間をあけて、マウスが避難箱の場所を覚えているかをテストしました。プラットフォームから避難箱を取り除き、マウスがどの穴の周囲に長く滞在するかを観察しました。トレーニングからテストまでの間隔が短い場合、マウスは元々避難箱があった穴の周囲に長く滞在し、場所を思い出せることがわかります。一方、1週間以上経過すると、全ての穴の周囲にほとんど均等に滞在するようになり、避難箱の場所を思い出せなくなります(図2A)。そこで、化学遺伝学的手法を用いてヒスタミン神経細胞を選択的に活性化し、テストを行いました。その結果、ヒスタミン神経細胞を活性化されたマウスは、トレーニングから1週間経過した場合でも、元々避難箱があった穴の周囲を長く滞在しました(図2B、C)。
一連の結果から、時間が経過して思い出せなくなった新規物体認識記憶と空間記憶を、ヒスタミン神経細胞の活性化によって再び思い出せるようにできることが明らかになりました。

図2.場所の記憶に対する影響

図2.場所の記憶に対する影響
A.トレーニングから1週間後、マウスは避難箱があった穴を思い出せない。
B.ヒスタミン神経細胞を活性化されたマウスは、トレーニングから1週間経過した場合でも、避難箱があった穴の周辺に滞在するようになる。
C.20個の穴それぞれの周辺に滞在した時間。

研究ポイント

  • 本研究では、脳内のヒスタミン神経細胞を選択的に活性化することで、忘れてしまった記憶を思い出せるようになることを明らかにしました。
  • おもちゃの物体の記憶だけでなく、場所の記憶でもヒスタミン神経細胞の活性化によって思い出せるようになり、この細胞が複数種類の記憶に重要であることがわかりました。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

加齢や認知症においては、過去の記憶を思い出せなくなる記憶障害が問題となります。本研究で見出した「忘れてしまった記憶を思い出せるようにする神経機構」の詳細を解明し、この神経機構を例えば強力に薬で活性化できるようになれば、記憶障害の症状改善が期待できます。

用語解説

ヒスタミン:生体内物質の1つで、血液中に過剰に分泌されるとアレルギー症状を引き起こす。脳では神経細胞同士の情報のやり取りに使われ、覚醒状態の維持や食欲、記憶などを調節する。
ヒスタミン神経細胞:脳内でヒスタミンを生合成して放出する神経細胞。視床下部の一部である結節乳頭核に局在している。
化学遺伝学的手法:特定の薬物に反応する人工受容体を細胞に遺伝子操作で導入し、その薬物を投与することで特定の細胞の働きを選択的に操作する技術。本研究では、変異型ムスカリン受容体hM3Dqをヒスタミン神経細胞に導入し、hM3Dqに結合する薬物Clozapine N-oxideを投与して、ヒスタミン神経細胞を選択的に活性化した。
嗅周皮質:脳の領域の1つで、物体を認識して学習するときに働く。
ヒスタミンH2受容体:ヒスタミンと結合して、細胞内に情報を伝える受容体の1つ。

研究助成

本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金(23H02787, 22H05080, 22K19482, 21H00296)、国立研究開発法人 科学技術振興機構・創発的研究支援事業(JPMJFR204A)、公益財団法人 鈴木謙三記念医科学応用研究財団などによる助成を受けて行われました。

論文タイトル

Chemogenetic activation of histamine neurons promotes retrieval of apparently lost memories

著者

横井雄斗1、久保絢女2、西村京華2、髙村侑希1、森下良一1、南雅文2、野村洋1,2
<所属>
1 名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 認知機能病態学寄附講座
2 北海道大学大学院薬学研究院 薬理学研究室

掲載学術誌

学術誌名 Molecular Brain
DOI番号:10.1186/s13041-024-01111-8