鉱物に記録された組成分布の周期的変動を数値計算で再現〜鉱物の形成過程における不純物の作用を解明するための理論的基盤の提案~
名古屋市立大学大学院理学研究科の鳥居浩貴大学院生と三浦均准教授は、岩石に含まれる鉱物内に記録された縞状の周期的な組成分布変動(波動累帯構造)が、不純物による結晶成長阻害作用によって形成されることを初めて理論的に示しました。波動累帯構造の形成メカニズムはこれまでにも提案されていますが、不純物の作用が波動累帯構造を作ることを明確に示したのは本研究が初めてです。自然界には不純物が普遍的に存在していることから、今回提案したメカニズムは、岩石中の鉱物のみならず、隕石中の鉱物や生体鉱物(結石など)、さらには、不純物存在下における工業結晶など、様々な分野の結晶成長過程における不純物の作用を解明する理論的基盤となり得ます。この論文は、鳥居浩貴大学院生を筆頭著者として、米学術雑誌『Scientific Reports』に2024年6月20日に掲載されました。
研究のポイント
- 化学組成の周期的変動構造(波動累帯構造)は、天然に産出するさまざまな鉱物において観察されますが、それらを統一的に説明しうる理論モデルはありませんでした。
- 本研究では、不純物による結晶成長阻害作用に基づいた結晶成長過程の数値計算により、波動累帯構造を数値的に再現することに成功しました。
- 波動累帯構造の特徴が、成長する結晶表面における不純物の挙動によって大きく変わることを示しました。
- 本研究で示した理論モデルは、鉱物内に記録された波動累帯構造から鉱物形成過程における不純物の「足跡」を読み解く際の理論的基盤となり得ます。
背景
岩石には様々な鉱物の結晶が含まれており、その形成過程を解明することで、これらの鉱物がどのような環境で作られたのかを推測することができます。鉱物の一部には、その断面に、縞状の周期的な模様が観察されることがあります。これは波動累帯構造と呼ばれ、その鉱物が成長する過程において、化学組成や微量元素の含有率が周期的に変化したことを示しています。このような組成の変化は、鉱物が形成される際に、その成長速度がなんらかの理由によって周期的に変化したことを示唆しています。自然界にはさまざまな不純物が存在し、鉱物の形成に影響を及ぼした可能性がありますが、不純物の作用に着目した波動累帯構造の形成メカニズムはこれまで提案されていませんでした。
研究の成果
我々は、結晶成長学分野でよく知られている不純物による結晶成長阻害作用(ピン留め機構)を考慮した数値計算モデルに基づき、波動累帯構造を数値的に再現しました。
結晶表面は、原子スケールで平坦な「テラス」と、原子ひとつ分の高さを持つ「ステップ」からなります。結晶を過飽和状態に置くと、溶液中の原子や分子(以後、単に「原子」と書く)が結晶に取り込まれることで結晶が成長します。このとき、原子は主にステップにて組み込まれます。その結果、ステップが前進し、結晶表面が一層一層積み重なっていきます。これを「層成長」といいます(図1)。不純物は、テラスに吸着し、ステップの前進を妨げることで、結晶成長を阻害します。ステップがあたかもピンで留められたかのように曲げられることから、「ピン留め機構」と呼ばれています。
我々は、結晶表面における不純物の脱離・吸着過程に着目しました。ステップが通過すると、不純物が結晶内に埋め込まれ、その上は不純物が吸着していない綺麗なテラスで覆われます(テラスのリセット)。不純物は時間とともにテラスに吸着していきますが、ステップが間を空けずに繰り返し通過すると、不純物で汚染される前にテラスがリセットされ続けるため、テラスが綺麗な状態で維持され、結晶は成長し続けることができます。一方、次のステップがなかなか来ないと、テラスは汚れきってしまいます。ひとたびこの状態になってしまうと、結晶成長を再開させるために大きな過飽和度が必要になってしまいます。その結果、過飽和度を減少させていったときと増加させていったときとで、異なる結晶成長速度の値を示すことがあります(結晶成長ヒステリシス※1)。
結晶表面は、原子スケールで平坦な「テラス」と、原子ひとつ分の高さを持つ「ステップ」からなります。結晶を過飽和状態に置くと、溶液中の原子や分子(以後、単に「原子」と書く)が結晶に取り込まれることで結晶が成長します。このとき、原子は主にステップにて組み込まれます。その結果、ステップが前進し、結晶表面が一層一層積み重なっていきます。これを「層成長」といいます(図1)。不純物は、テラスに吸着し、ステップの前進を妨げることで、結晶成長を阻害します。ステップがあたかもピンで留められたかのように曲げられることから、「ピン留め機構」と呼ばれています。
我々は、結晶表面における不純物の脱離・吸着過程に着目しました。ステップが通過すると、不純物が結晶内に埋め込まれ、その上は不純物が吸着していない綺麗なテラスで覆われます(テラスのリセット)。不純物は時間とともにテラスに吸着していきますが、ステップが間を空けずに繰り返し通過すると、不純物で汚染される前にテラスがリセットされ続けるため、テラスが綺麗な状態で維持され、結晶は成長し続けることができます。一方、次のステップがなかなか来ないと、テラスは汚れきってしまいます。ひとたびこの状態になってしまうと、結晶成長を再開させるために大きな過飽和度が必要になってしまいます。その結果、過飽和度を減少させていったときと増加させていったときとで、異なる結晶成長速度の値を示すことがあります(結晶成長ヒステリシス※1)。
図1:層成長する結晶表面の模式図。ステップの前進が不純物によって阻害される(ピン留め機構)
本研究では、結晶成長ヒステリシスの平均場理論と、結晶成長に伴う結晶周囲の局所的な濃度場の変化を組み合わせた数値計算モデルを作り、結晶成長過程を数値計算することで、結晶成長速度が自発的に振動することを示しました。また、結晶に取り込まれる不純物の量を計算し、結晶内の不純物含有量が結晶成長の自発的振動とともに周期的に変動すること、すなわち、波動累帯構造を再現しました。本成果は、結晶が成長する環境の温度や圧力、成分などの条件が一定だったとしても、不純物の作用によって、自発的に波動累帯構造が生じることを示しています。
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
自然界には、多くの不純物が存在します。自然界で産出する結晶は、その成長過程において、普遍的に不純物の作用を受けていると考えられます。本成果は、結晶内に記録された波動累帯構造から、結晶成長過程における不純物の「足跡」を読み解く上で基礎となる理論を提供します。今回提案したメカニズムは、岩石中の鉱物のみならず、隕石中の鉱物や、生体鉱物(結石など)、さらには、不純物存在下における工業結晶など、様々な分野の結晶成長過程における不純物の作用を解明する手がかりになり得ます。
注釈
※1 結晶成長ヒステリシス
不純物によって引き起こされる結晶成長ヒステリシスは、部屋の掃除と似ています。こまめに掃除をしていれば少ない「やる気」で部屋を綺麗に維持できますが、ひとたび掃除をさぼってしまうと、汚れがたまってしまい、部屋を再び綺麗にするためには大きな「やる気」が必要になってしまいます。
不純物によって引き起こされる結晶成長ヒステリシスは、部屋の掃除と似ています。こまめに掃除をしていれば少ない「やる気」で部屋を綺麗に維持できますが、ひとたび掃除をさぼってしまうと、汚れがたまってしまい、部屋を再び綺麗にするためには大きな「やる気」が必要になってしまいます。
研究助成
本研究は、科学研究費補助金(三浦均、19H00820、20K05347、22K18306)、大幸財団(三浦均)の研究助成の支援を受け実施されました。
論文タイトル
Oscillatory zoning of minerals as a fingerprint of impurity-mediated growth
著者
鳥居 浩貴1、三浦 均1*
所属 1) 名古屋市立大学大学院理学研究科(*:Corresponding Author)
所属 1) 名古屋市立大学大学院理学研究科(*:Corresponding Author)
掲載学術誌
学術誌名:Scientific Reports
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41598-024-63722-4
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41598-024-63722-4