発汗に重要なイオンチャネルを明らかに~発汗制御薬の開発に新たな知見~
発汗のメカニズムは十分には明らかにされておらず、発汗不全や発汗過多に対する治療法も少ないのが現状です。自然科学研究機構 生理学研究所/生命創成探究センターの富永真琴前教授(現:名古屋市立大学 なごや先端研究開発センター特任教授)はこれまで、温度感受性TRPV4チャネルがアノクタミン1と機能連関して水分泌を伴う外分泌(脳脊髄液分泌、唾液分泌、涙分泌)に関与することを報告してきました。今回、富永前教授と加塩麻紀子前特任准教授(現:熊本大学大学院生命科学研究部准教授)は、佐賀大学医学部の城戸瑞穂教授、飯田市立病院病理診断科の佐野健司部長(元:信州大学医学部講師)との共同研究で、温度感受性TRPV4イオンチャネルとアノクタミン1の機能連関がマウスにおける発汗にも関与することを明らかにしました。また、ヒトの難病である特発性後天性全身性無汗症患者の汗腺において、TRPV4イオンチャネルの発現が低下していることも判明しました。これは発汗制御薬の開発に貢献する発見です。本研究結果は、eLife誌に掲載(2024年7月4日公開)されました。
発汗には、体温を下げるための体温調節性発汗、緊張したときに手のひら等でみられる精神性発汗、辛いものや酸っぱいものを食べた時に起こる味覚性発汗があります。発汗のメカニズムは十分には明らかにされておらず、発汗不全や発汗過多に対するよい治療法がないのが現状です。
2021年にはイオンチャネルの一つであるTRPチャネルの研究にノーベル生理学医学賞が授与されました。温度感受性TRPチャネルは、冷たい温度から熱い温度まで様々な温度を感知するタイプがあり、現在11種知られています。中でもTRPV4チャネルは皮膚表皮細胞や骨・筋肉・神経の細胞に発現し、体温近くの温かい温度刺激や機械刺激、細胞膜由来の脂質等で活性化されます。また、TRPV4遺伝子変異によるTRPV4イオンチャネル機能異常が、シャルコー・マリー・トゥース病(我が国の指定難病10番)等のさまざまな遺伝性の骨・筋肉・神経疾患を引き起こすことが知られています。
研究グループはこれまで、TRPV4チャネルとカルシウム活性化クロライドチャネルのアノクタミン1の機能連関が、脳の脈絡叢からの脳脊髄液分泌や唾液腺・涙腺からの唾液・涙分泌に重要な役割を果たすことを報告してきました。
そこで、TRPV4チャネルとアノクタミン1が、汗腺からの発汗にも関与しているのではないかと考え、マウス足底の汗腺の分泌細胞にTRPV4やアノクタミン1発現しているかどうかを調べたところ、TRPV4チャネル、アノクタミン1と水チャネルのアクアポリン5が汗腺の分泌細胞に共発現していることが明らかになりました(図1)。
次に、正常なマウスとTRPV4欠損マウスの発汗の程度を比較するため、マウス足底でヨウ素デンプン反応を用いて実験を行ったところ、正常なマウスでは25度から35度への室温上昇で発汗量が増加しましたが、TRPV4欠損マウスでは室温が上昇しても発汗量は低いままでした(図2)。また、正常なマウスにおいて、TRPV4とアノクタミン1の機能を阻害するメントールやアノクタミン1の阻害剤の塗布したところ、発汗量は減少しました(図2)。これらの結果から、TRPV4やアノクタミン1が発汗に重要であることが分かります。
そこで、マウス足底で起こる発汗の意味を考えてみました。私たちの手のひらでは常に発汗しており、そのおかげで摩擦力が大きくなって物をすべらずにつかむことができます。そこで、マウスの足底の発汗による摩擦力を調べるために、マウスにツルツルの斜面を登らせてみました。すると、TRPV4欠損マウスでは、登るのを失敗する例が多いことが分かりました(図3)。これは、TRPV4欠損マウスでは発汗が少なくて摩擦力が小さく、踏ん張りがきかないためだと解釈することができます。
最後に、ヒトでの発汗にもTRPV4が重要であるのかを調べました。ヒトには、非調節性かつ広範囲に無汗を認める特発性後天性全身性無汗症(AIGA)という難病(指定難病163番)が知られています。そこで、ヒトの汗腺でのTRPV4チャネル蛋白質量を調べたところ、AIGA患者の無汗部ではTRPV4チャネル蛋白質の発現が減少していることが分かり、ヒトの発汗でもTRPV4が重要なはたらきをしていることが分かりました(図4)。
以上のことから、マウスおよびヒトでTRPV4とアノクタミン1の機能連関が発汗に大きく貢献していることが分かりました。TRPV4は温かい温度で活性化するイオンチャネルです。一般的には、発汗は脳からの自律神経で調節されていると考えられていますが、局所でもTRPV4が温かい温度を感知して発汗が起こっている可能性があります。メントールを皮膚に塗るとスーッとするのは、冷たい温度の受容体TRPM8が活性化されるからだと考えられていますが、メントールは、TRPV4とアノクタミン1の両方の機能を阻害することから、一時的に発汗が抑制されることもメントールによる爽快感のメカニズムの一つであると推察されます。
このように、発汗のメカニズムが明らかになったことによって、新たな発汗制御薬の開発につながるものと期待されます。
本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
2021年にはイオンチャネルの一つであるTRPチャネルの研究にノーベル生理学医学賞が授与されました。温度感受性TRPチャネルは、冷たい温度から熱い温度まで様々な温度を感知するタイプがあり、現在11種知られています。中でもTRPV4チャネルは皮膚表皮細胞や骨・筋肉・神経の細胞に発現し、体温近くの温かい温度刺激や機械刺激、細胞膜由来の脂質等で活性化されます。また、TRPV4遺伝子変異によるTRPV4イオンチャネル機能異常が、シャルコー・マリー・トゥース病(我が国の指定難病10番)等のさまざまな遺伝性の骨・筋肉・神経疾患を引き起こすことが知られています。
研究グループはこれまで、TRPV4チャネルとカルシウム活性化クロライドチャネルのアノクタミン1の機能連関が、脳の脈絡叢からの脳脊髄液分泌や唾液腺・涙腺からの唾液・涙分泌に重要な役割を果たすことを報告してきました。
そこで、TRPV4チャネルとアノクタミン1が、汗腺からの発汗にも関与しているのではないかと考え、マウス足底の汗腺の分泌細胞にTRPV4やアノクタミン1発現しているかどうかを調べたところ、TRPV4チャネル、アノクタミン1と水チャネルのアクアポリン5が汗腺の分泌細胞に共発現していることが明らかになりました(図1)。
次に、正常なマウスとTRPV4欠損マウスの発汗の程度を比較するため、マウス足底でヨウ素デンプン反応を用いて実験を行ったところ、正常なマウスでは25度から35度への室温上昇で発汗量が増加しましたが、TRPV4欠損マウスでは室温が上昇しても発汗量は低いままでした(図2)。また、正常なマウスにおいて、TRPV4とアノクタミン1の機能を阻害するメントールやアノクタミン1の阻害剤の塗布したところ、発汗量は減少しました(図2)。これらの結果から、TRPV4やアノクタミン1が発汗に重要であることが分かります。
そこで、マウス足底で起こる発汗の意味を考えてみました。私たちの手のひらでは常に発汗しており、そのおかげで摩擦力が大きくなって物をすべらずにつかむことができます。そこで、マウスの足底の発汗による摩擦力を調べるために、マウスにツルツルの斜面を登らせてみました。すると、TRPV4欠損マウスでは、登るのを失敗する例が多いことが分かりました(図3)。これは、TRPV4欠損マウスでは発汗が少なくて摩擦力が小さく、踏ん張りがきかないためだと解釈することができます。
最後に、ヒトでの発汗にもTRPV4が重要であるのかを調べました。ヒトには、非調節性かつ広範囲に無汗を認める特発性後天性全身性無汗症(AIGA)という難病(指定難病163番)が知られています。そこで、ヒトの汗腺でのTRPV4チャネル蛋白質量を調べたところ、AIGA患者の無汗部ではTRPV4チャネル蛋白質の発現が減少していることが分かり、ヒトの発汗でもTRPV4が重要なはたらきをしていることが分かりました(図4)。
以上のことから、マウスおよびヒトでTRPV4とアノクタミン1の機能連関が発汗に大きく貢献していることが分かりました。TRPV4は温かい温度で活性化するイオンチャネルです。一般的には、発汗は脳からの自律神経で調節されていると考えられていますが、局所でもTRPV4が温かい温度を感知して発汗が起こっている可能性があります。メントールを皮膚に塗るとスーッとするのは、冷たい温度の受容体TRPM8が活性化されるからだと考えられていますが、メントールは、TRPV4とアノクタミン1の両方の機能を阻害することから、一時的に発汗が抑制されることもメントールによる爽快感のメカニズムの一つであると推察されます。
このように、発汗のメカニズムが明らかになったことによって、新たな発汗制御薬の開発につながるものと期待されます。
本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
今回の発見
- マウス足底の汗腺の分泌細胞にTRPV4チャネルとアノクタミン1が共発現していることが分かりました。
- 正常なマウス足底では室温が上がると発汗量が増大しましたが、TRPV4欠損マウスでは発汗量は低いままでした。
- TRPV4欠損マウスは、正常なマウスと比較して、ツルツルの斜面を登るときの成功率が低いことが分かりました。
- ヒトの難病である特発性後天性全身性無汗症の汗腺では、TRPV4蛋白質の発現が低いことが分かりました。
図1 マウス足底の汗腺分泌細胞における蛋白質発現
TRPV4、アノクタミン1 (ANO1)、水チャネルのアクアポリン5 (AQP5)が、分泌細胞の汗が分泌される管腔側(矢印)に共発現していることが分かります。青は核の染色。Mは筋上皮細胞を示す。
図2 ヨウ素デンプン反応によるマウス足底の発汗量
マウス足底の発汗量は、正常なマウスでは25度から35度への室温上昇で増加しましたが、TRPV4欠損マウスでは低いままでした(A)。正常なマウスにおいて、メントール(B)とAni9(C, アノクタミン1阻害剤)の両方とも発汗量を減少させました。
図3 マウスがツルツルの斜面を登る能力(発汗の意義)
正常なマウス(左)はツルツルの斜面を難なく登ることができましたが、TRPV4欠損マウス(右)では成功率が低下していました。
図4 ヒト汗腺でのTRPV4蛋白質の発現量
同じ特発性後天性全身性無汗症 (AIGA) 患者の有汗部(A)の方が無汗部(B)より強いTRPV4蛋白質の発現が認められます。AIGA患者の有汗部と健常人の汗腺の方がAIGA患者の無汗部よりTRPV4蛋白質の発現レベルが高いことが分かりました。
この研究の社会的意義
今回の研究から、脳からの指令だけではなく、局所の汗腺でも温度を感じて発汗を促していることが分かりました。発汗のメカニズムが明らかになったことで、新たな発汗制御薬の開発につながるものと期待されます。
論文情報
Author: Makiko Kashio, Sandra Derouiche, Reiko U. Yoshimoto, Kenji Sano, Jing Lei, Mizuho A. Kido and Makoto Tominaga.
Title: Involvement of TRPV4 in temperature-dependent perspiration in mice.
Journal: eLife(2024年7月4日公開)
DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.92993.3
Title: Involvement of TRPV4 in temperature-dependent perspiration in mice.
Journal: eLife(2024年7月4日公開)
DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.92993.3