多発性筋炎の悪化を防ぐ新たなメカニズムを解明〜骨格筋組織へのT細胞の浸潤を調節する新規分子機構を解明~
研究成果の概要
名古屋市立大学大学院理学研究科の檜森弘一研究員(現名古屋大学糖鎖コア生命コア研究所)、山田麻未研究員と奥津光晴教授らの研究グループは、多発性筋炎を軽減する新たな分子機構を解明しました。
特発性炎症性筋疾患である多発性筋炎※1は、自己免疫機序により筋組織が傷害され、筋量や筋力の著しい低下を引き起こします。多発性筋炎患者における骨格筋の機能と形態の悪化は、日常生活活動を制限し生活の質を著しく低下させます。そのため、筋炎の有効な治療方法を分子レベルから解明し確立することは重要な課題です。しかしながら、その分子機構は未だ十分には明らかにされていません。本研究では、骨格筋のNrf2※2を消失すると、筋炎により増加する骨格筋のIFN-γ※3などの炎症性サイトカイン※4の発現を抑制し、炎症性サイトカインによるケモカイン※5の増加を抑制することでT細胞の骨格筋への浸潤を低下させ、筋炎の悪化を軽減する可能性を初めて解明しました。
これらの結果は、多発性筋炎を軽減する新たな分子メカニズムの立証と医学や健康科学の分野への貢献が期待できます。この論文は、檜森研究員を筆頭著者、奥津光晴教授を責任著者として生理学の国際雑誌『The Journal of Physiology』のwebサイトに2024年10月21日に掲載されました。
特発性炎症性筋疾患である多発性筋炎※1は、自己免疫機序により筋組織が傷害され、筋量や筋力の著しい低下を引き起こします。多発性筋炎患者における骨格筋の機能と形態の悪化は、日常生活活動を制限し生活の質を著しく低下させます。そのため、筋炎の有効な治療方法を分子レベルから解明し確立することは重要な課題です。しかしながら、その分子機構は未だ十分には明らかにされていません。本研究では、骨格筋のNrf2※2を消失すると、筋炎により増加する骨格筋のIFN-γ※3などの炎症性サイトカイン※4の発現を抑制し、炎症性サイトカインによるケモカイン※5の増加を抑制することでT細胞の骨格筋への浸潤を低下させ、筋炎の悪化を軽減する可能性を初めて解明しました。
これらの結果は、多発性筋炎を軽減する新たな分子メカニズムの立証と医学や健康科学の分野への貢献が期待できます。この論文は、檜森研究員を筆頭著者、奥津光晴教授を責任著者として生理学の国際雑誌『The Journal of Physiology』のwebサイトに2024年10月21日に掲載されました。
背景
多発性筋炎は、自己免疫異常を原因として骨格筋で起こる一次性筋疾患であり、筋線維周囲への免疫細胞の浸潤により骨格筋の炎症が増大し、筋力が著しく低下しそれに伴い筋量が減少する特徴がある疾患です。多発性筋炎患者における骨格筋の機能や形態の悪化は、日常生活活動を制限し生活の質を著しく低下します。そのため、筋炎の有効な治療方法を分子レベルから解明し確立することは重要な課題です。多発性筋炎に伴う筋力低下の特徴は、T細胞に代表される免疫細胞の骨格筋への浸潤による骨格筋組織での炎症の促進が要因と考えられています。したがって、骨格筋へのT細胞の浸潤を抑制することで筋炎の悪化を抑制できる可能性が期待できます。これまでの研究により、T細胞の浸潤を抑制し筋炎の悪化を防ぐ方法は解明されつつありますが、筋炎を抑制する画期的な方法の探索と確立は未だ重要な研究課題です。
研究の成果
この度、名古屋市立大学大学院理学研究科の檜森弘一研究員(現名古屋大学糖鎖コア生命コア研究所)、山田麻未研究員と奥津光晴教授らの研究グループは、筋炎の軽減に貢献する新たな分子機構を解明しました。
多発性筋炎は、筋線維周囲への免疫細胞の浸潤により炎症が増大し、筋力が著しく低下しそれに伴い筋量も減少する疾患です。多発性筋炎に伴う筋力低下の特徴は、骨格筋から炎症性サイトカインやケモカインの産生が促進し、T細胞に代表される免疫細胞が骨格筋に浸潤し、骨格筋の炎症とT細胞のさらなる浸潤を促進することで悪化します。したがって、骨格筋に浸潤するT細胞の浸潤を抑制することで筋炎の悪化を抑制できる可能性が期待できます。また、骨格筋への免疫細胞の浸潤は、多発性筋炎以外の筋疾患や骨格筋の損傷・修復の過程でも多く見られることから、免疫細胞の骨格筋への浸潤機構を解明することは筋炎以外の疾患の治療や予防での応用も期待できます。
本研究では、細胞の抗酸化酵素などの産生を制御する細胞内タンパクであるNrf2に着目しました。Nrf2は、通常の状態では細胞質内でKeap1と結合し分解されます。一方、ストレス状態下では、Nrf2はKeap1と結合せず核内に移行し、抗酸化物質の産生などの細胞の機能を調節することが知られています。私たちは、ターシャリージブチルヒドロキノン(tertiary butylhydroquinone)添加や筋特異的なKeap1の欠損によりNrf2の核内移行を促進した骨格筋培養細胞や遺伝子組換えマウスを解析したところ、T細胞の浸潤の制御に重要なケモカインであるCCL5※6の発現が増加することを発見しました。筋炎の悪化はT細胞の浸潤の促進が関与することから、Nrf2の発現を骨格筋特異的に欠損したマウスに多発性筋炎を発症させ骨格筋を解析しました。その結果、骨格筋のNrf2を欠損したマウスは野生型マウスに比べて筋炎による筋力と筋量の低下が抑制することを発見しました。また、骨格筋に浸潤したT細胞数を評価したところ、筋特異的にNrf2を欠損したマウスは野生型マウスに比べてCD8陽性T細胞の浸潤が有意に抑制されました。さらに、骨格筋のケモカインの発現とケモカインの発現を制御する炎症性サイトカインを評価したところ、筋特異的にNrf2を欠損したマウスは野生型マウスに比べてT細胞の浸潤を調節するCCL5、CCL3※7とCCL16※8のケモカインとこの発現を制御する炎症性サイトカインであるTNF-α※9の発現が有意に抑制されました。これらの本研究成果は、骨格筋のNrf2の調節が筋炎による筋力と筋量の低下に対する潜在的な治療や予防のアプローチである可能性を示しています。
多発性筋炎は、筋線維周囲への免疫細胞の浸潤により炎症が増大し、筋力が著しく低下しそれに伴い筋量も減少する疾患です。多発性筋炎に伴う筋力低下の特徴は、骨格筋から炎症性サイトカインやケモカインの産生が促進し、T細胞に代表される免疫細胞が骨格筋に浸潤し、骨格筋の炎症とT細胞のさらなる浸潤を促進することで悪化します。したがって、骨格筋に浸潤するT細胞の浸潤を抑制することで筋炎の悪化を抑制できる可能性が期待できます。また、骨格筋への免疫細胞の浸潤は、多発性筋炎以外の筋疾患や骨格筋の損傷・修復の過程でも多く見られることから、免疫細胞の骨格筋への浸潤機構を解明することは筋炎以外の疾患の治療や予防での応用も期待できます。
本研究では、細胞の抗酸化酵素などの産生を制御する細胞内タンパクであるNrf2に着目しました。Nrf2は、通常の状態では細胞質内でKeap1と結合し分解されます。一方、ストレス状態下では、Nrf2はKeap1と結合せず核内に移行し、抗酸化物質の産生などの細胞の機能を調節することが知られています。私たちは、ターシャリージブチルヒドロキノン(tertiary butylhydroquinone)添加や筋特異的なKeap1の欠損によりNrf2の核内移行を促進した骨格筋培養細胞や遺伝子組換えマウスを解析したところ、T細胞の浸潤の制御に重要なケモカインであるCCL5※6の発現が増加することを発見しました。筋炎の悪化はT細胞の浸潤の促進が関与することから、Nrf2の発現を骨格筋特異的に欠損したマウスに多発性筋炎を発症させ骨格筋を解析しました。その結果、骨格筋のNrf2を欠損したマウスは野生型マウスに比べて筋炎による筋力と筋量の低下が抑制することを発見しました。また、骨格筋に浸潤したT細胞数を評価したところ、筋特異的にNrf2を欠損したマウスは野生型マウスに比べてCD8陽性T細胞の浸潤が有意に抑制されました。さらに、骨格筋のケモカインの発現とケモカインの発現を制御する炎症性サイトカインを評価したところ、筋特異的にNrf2を欠損したマウスは野生型マウスに比べてT細胞の浸潤を調節するCCL5、CCL3※7とCCL16※8のケモカインとこの発現を制御する炎症性サイトカインであるTNF-α※9の発現が有意に抑制されました。これらの本研究成果は、骨格筋のNrf2の調節が筋炎による筋力と筋量の低下に対する潜在的な治療や予防のアプローチである可能性を示しています。
研究のポイント
- 多発性筋炎は筋力や筋量を低下させるが、これを抑制する効果的な方法の確立は未だ十分ではない。
- 本研究では、骨格筋のNrf2に着目し、多発性筋炎に対する役割を遺伝子組換えマウスや培養細胞を用いて統合的に検討した。
- 骨格筋のNrf2を欠損すると多発性筋炎は抑制された。
- 骨格筋のNrf2の欠損は多発性筋炎によるT細胞の浸潤を制御するケモカインの発現を抑制した。
- 骨格筋のNrf2の欠損は多発性筋炎によるケモカインの発現とこの発現を制御する炎症性サイトカインの発現を抑制した。
- これらの成果は、骨格筋のNrf2の発現を制御することで多発性筋炎の治療への応用が期待できる。
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
Nrf2は抗酸化酵素の産生を制御する中心的な役割を持つタンパクとして知られています。本研究では、骨格筋のNrf2を欠損すると多発性筋炎を改善する可能性を立証しました。抗酸化物質の産生を調節するNrf2は、細胞の恒常性維持に重要と考えられています。したがって、Nrf2は細胞に多く存在した方が生体には良い影響を与えると推測できます。しかし、多発性筋炎の治療や予防においては少ない方が良い可能性を立証した本研究成果は、骨格筋生物学におけるこれまでの常識を覆す新しい概念です。また、本研究成果は予防医学や健康科学への応用が期待できることから社会的意義も大きいと考えられます。
【用語解説】
※1多発性筋炎:自己免疫疾患の一つで骨格筋や皮膚を中心に全身に炎症が生じる疾患。
※2 Nrf2(Nuclear factor erythroid 2-related factor 2):細胞内に発現するタンパク。正常な状態はKeap1と結合するが、ストレス状態では活性化され核内に移行し、抗酸化剤応答配列(ARE:antioxidant response element)などに結合して細胞の機能を調節する。
※3 IFN-γ:インターフェロン-γ(Interferon-γ)。炎症性サイトカインの一つ。
※4炎症性サイトカイン: 炎症により誘導される生理活性物質(サイトカイン)の総称。
※5ケモカイン:細胞の浸潤や体内での分布を制御する生理活性物質の総称。
※6 CCL5: C-C motif chemokine ligand 5。RANTES(regulated on activation、normal T cell expressed and secreted)とも呼ばれる。
※7 CCL3: C-C motif chemokine ligand 3。MIP-1α(macrophage inflammatory protein-1α)とも呼ばれる。
※8 CCL16: C-C motif chemokine ligand 16。
※9 TNF-α:腫瘍壊死因子α(Tumor Necrosis Factor-α)。炎症性サイトカインの一つ。
【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金 基盤B(15H03080、18H03153、21H03326、24H02817)、挑戦的萌芽(20K21766)、若手研究(21K17515、22K17733、24K20566)、日本学術振興会特別研究員(20J15551、20J01754)、中富健康科学振興財団、石本記念デサントスポーツ科学振興財団の助成により遂行されました。
【論文タイトル】
Nrf2 deficiency in muscle attenuates experimental autoimmune myositis-induced muscle weakness
【著者】
檜森 弘一1、山田 麻未1、大野木 孝嘉2、松丸 大輔3、本橋 ほづみ4、奥津 光晴1*
所属
1 名古屋市立大学大学院 理学研究科 分子生理学(*:Corresponding Author)
2 東北大学大学院 医学系研究科 整形外科学分野
3 岐阜薬科大学 生命薬学大講座 衛生学研究室
4 東北大学大学院 医学系研究科 医化学分野
【掲載学術誌】
学術誌名 The Journal of Physiology
DOI番号:10.1113/JP286534
※1多発性筋炎:自己免疫疾患の一つで骨格筋や皮膚を中心に全身に炎症が生じる疾患。
※2 Nrf2(Nuclear factor erythroid 2-related factor 2):細胞内に発現するタンパク。正常な状態はKeap1と結合するが、ストレス状態では活性化され核内に移行し、抗酸化剤応答配列(ARE:antioxidant response element)などに結合して細胞の機能を調節する。
※3 IFN-γ:インターフェロン-γ(Interferon-γ)。炎症性サイトカインの一つ。
※4炎症性サイトカイン: 炎症により誘導される生理活性物質(サイトカイン)の総称。
※5ケモカイン:細胞の浸潤や体内での分布を制御する生理活性物質の総称。
※6 CCL5: C-C motif chemokine ligand 5。RANTES(regulated on activation、normal T cell expressed and secreted)とも呼ばれる。
※7 CCL3: C-C motif chemokine ligand 3。MIP-1α(macrophage inflammatory protein-1α)とも呼ばれる。
※8 CCL16: C-C motif chemokine ligand 16。
※9 TNF-α:腫瘍壊死因子α(Tumor Necrosis Factor-α)。炎症性サイトカインの一つ。
【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金 基盤B(15H03080、18H03153、21H03326、24H02817)、挑戦的萌芽(20K21766)、若手研究(21K17515、22K17733、24K20566)、日本学術振興会特別研究員(20J15551、20J01754)、中富健康科学振興財団、石本記念デサントスポーツ科学振興財団の助成により遂行されました。
【論文タイトル】
Nrf2 deficiency in muscle attenuates experimental autoimmune myositis-induced muscle weakness
【著者】
檜森 弘一1、山田 麻未1、大野木 孝嘉2、松丸 大輔3、本橋 ほづみ4、奥津 光晴1*
所属
1 名古屋市立大学大学院 理学研究科 分子生理学(*:Corresponding Author)
2 東北大学大学院 医学系研究科 整形外科学分野
3 岐阜薬科大学 生命薬学大講座 衛生学研究室
4 東北大学大学院 医学系研究科 医化学分野
【掲載学術誌】
学術誌名 The Journal of Physiology
DOI番号:10.1113/JP286534