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世界初の人工呼吸器ケアXRシミュレータ開発に成功~医療的ケア児と家族・ヤングケアラーらへの支援体制の充実に期待~


ポイント

・「人工呼吸器装着中の気管内吸引(注1)」がトレーニング可能な世界初のXR(注2)シミュレータを開発した。
・安全に、且つケアを受ける側の心情に配慮した実践的なトレーニングが可能となった。
・「教育と臨床の乖離」を縮小し、卒業時到達度やケアの質向上が期待される。

概要

北海道大学大学院保健科学研究院のコリー紀代助教らの研究グループは、世界初の人工呼吸器装着中の気管内吸引がトレーニングできるXRシミュレータを開発しました。
広島国際大学の二宮伸治教授、香川大学の小水内俊介准教授のご協力の下、気管内吸引カテーテルの操作の巧緻によりチアノーゼ、表情変化、酸素飽和度等の生体反応の変化を呈示するプロジェクションマッピングシミュレータであるEndotracheal Suctioning Training Environment Simulator(ESTE-SIM: 図1:エステシム)を開発し、続いて、人工呼吸器トレーニングアプリSimmar(図2:広国大 二宮研究室:ジマー)と統合、世界初の人工呼吸器装着中の気管内吸引トレーニングが可能なXRシミュレータ:Simmar+ESTE-SIMの開発に成功しました。名古屋市立大学の中村美鈴教授、国際医療福祉大学大学院の五十嵐真里講師と共同制作した人工呼吸器トレーニングシナリオを用いて、アンケートと行動認識により学習評価を行いました。動画を用いた行動認識は、九州工業大学、井上創造研究室との共同により、Simmar+ESTE-SIMを使用したトレーニング中のタスクを分類し表示する機能を開発し(図3)、International Journal of Activity and Behaviour Computing(行動認識計測に関する国際学会)においてBest Paper Awardを受賞しています(Vy, et al., 2023)。
本シミュレータにより、身体への侵襲度が高い行為であるとされ、病棟実習では学生が体験できない人工呼吸器トレーニングの学内での実施が可能となり、従来のシミュレータでは提示できないリアルタイムの生体反応を示せるため、患者の気持ちに寄り添ったケアのトレーニングが可能となりました。今後は、国際標準に準じたカリキュラム開発を目指し、国際共同研究ネットワークの構築を進めることとしています。
なお、本研究成果は、日本時間2024年9月30日(月)公開のJournal of Nursing Care & Reports誌(看護学の専門誌)に掲載されました。

背景

在宅人工呼吸器装着児数は2005年の推計264名から、2020年には約19倍と加速度的に増加を続けています(文部科学省、2022)。24時間365日のケア提供体制を必要とするため、保護者のみでのサービス提供はケアの負担が大きく、介護離職やダブル介護が課題とされていました。そこで、コリー助教らは医療的ケア児の保護者対象のアンケート調査を実施し、「在宅看護サービス不足」と「人工呼吸器という急性期看護の知識・スキルと障がい児の両領域にまたがるスキルを持つ看護師不足」の二つの要因によるサービス提供不足であることが明確化されました。一方で、看護系大学における人工呼吸器ケアの教育機会は、卒後のOn the Job Trainingが主流であり、看護基礎教育期におけるシミュレーション教育機会が不十分でした。そのため、研究グループは国産の安価なシミュレータ開発の必要性を強く認識し研究を開始しました。

研究手法

広島国際大学の二宮教授の指導の下、人工呼吸器ケアに必須のケアである気管内吸引カテーテル操作の計測を開始しました。カテーテル操作は、気管支モデルの内壁の粘性にも影響を受けると考え、粘膜付き気道モデルの開発をはじめ、カテーテル操作と吸痰量の関係性の調査、気管内吸引中の接触による感染症伝播を防ぐ気管内吸引法の検討等の周辺領域の研究をしました。その後、基盤研究(B)「即時判断力と巧緻性を向上する3D映像投影シミュレータの開発」(2017-2019)(代表者:コリー助教)により、広島国際大学の二宮教授、香川大学の小水内准教授のご協力の下、気管内吸引カテーテルの操作の巧緻により、チアノーゼ、表情変化、酸素飽和度等の生体反応の変化を呈示するプロジェクションマッピングシミュレータ、Endotracheal Suctioning Training Environment Simulator(ESTE-SIM:図1:エステシム)を開発し、続いて、基盤研究(B)「シミュレーション医療教育標準化のための日本発仮想患者モジュールの開発」(2019-2021)(代表者:二宮教授)、基盤研究(B)「「教育と臨床の乖離」に架橋する在宅人工呼吸器複合現実シミュレータの開発」(2022-2024)(代表者:コリー助教)により、人工呼吸器トレーニングアプリSimmar(図2:広国大 二宮研究室:ジマー)とESTE-SIMが統合されました。名古屋市立大学の中村教授、国際医療福祉大学大学院の五十嵐講師のご協力をいただき、人工呼吸器トレーニングシナリオを作成、「人工呼吸器装着中の気管内吸引トレーニング」が可能な世界初のXRシミュレータ:Simmar+ESTE-SIMを開発することができました。

研究成果

Simmar+ESTE-SIMにより、既存のシミュレータではトレーニングできなかった「人工呼吸器装着中の気管内吸引」というマルチタスクトレーニングが可能となりました。学習効果に関しては、4年次学生と看護師免許を有する大学教員がSimmar+ESTE-SIMを用いたシミュレーション演習に参加した際のアンケート結果により、リアルさ、手軽さ、学習の動機づけ効果、学習時間の適切性、学習時間と内容のバランスについて、両群から4点満点中3以上と評価されました。また、扱う学習内容の範囲に関しては、学生群は4段階評価のうち全員が「急変時の人工呼吸器導入の判断」「人工呼吸器のメカニズム」「人工呼吸器の準備と設定」「呼吸モードが機種によって異なること」「患者の呼吸状態に合わせた呼吸器管理」「呼吸器管理に関するトラブル対応」のいずれにおいても、4点(とても必要)と評価していました。教員群の自由記載欄には、表情変化があることにより、患者の人間としての尊厳に配慮したケア提供のトレーニングが可能となったという記述が認められました。
アンケート結果の主成分分析の結果(図4)、“教育内容の難易度とモチベーションのバランス(Achievability:到達可能性)”と“学習時間、コスト、学習効果のバランス(Feasibility:適用可能性)”の二つの主成分が抽出され、これらの因子がシミュレータ教育を導入する際の判断基準となっていることが示唆されました。

今後への期待

新人看護師が集中治療室などの急性期病棟に配属された際のリアリティショックの軽減に向けた学部教育プログラムの検討が可能となりました。文部科学省の令和6年度概算要求においても、「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業(社会的な要請に対応できる看護師の養成)」が開始され、医療的ケアを実施できる看護師の養成が求められているところです。今後は、概算要求事業の方針に従ったシミュレーション教育の開発を続けるほか、Simmar+ESTE-SIMの実用化と社会実装に向けた開発と共に、互換性のあるシミュレータの開発を継続する方針です。
また、そのほかに期待される効果としては、本シミュレータを用いることにより、医療的ケア児と家族に対する在宅ケアサービスが充実することで、意図しない介護離職やヤングケアラー数が減少し、当事者・家族の声(社会的ニード)を反映した実習前後OSCE・看護教育プログラムの検討が可能となります。2023年のシミュレーション教育演習の実施に際しては、中国労災病院 総合実習・研修センター、広島文化学園大学の多大なご協力を賜りました。国内の普及のみならず、国際共同研究ネットワークの構築を進めることにより、看護学教育の国際標準に準じたカリキュラム開発への発展を目指します。

参考図

図1. Simmar+ESTE-SIM

図1. Simmar+ESTE-SIM

図2. 人工呼吸器トレーニングアプリSimmar

図2. 人工呼吸器トレーニングアプリSimmar

図3. Yoloによる看護師の行動認識

図3. Yoloによる看護師の行動認識
Hoang Anh Vy Ngo, Quynh N Phuong Vu, Noriyo Colley, Shinji Ninomiya, Satoshi Kanai, Shunsuke Komizunai, Atsushi Konno, Misuzu Nakamura, Sozo Inoue (2023) Toward Recognizing Nursing Activity in Endotracheal Suctioning Using Video-based Pose Estimation, International Journal of Activity and Behaviour Computing, 2024(1), (https://doi.org/10.60401/ijabc.1)より引用

図4. 主成分分析結果

図4. 主成分分析結果

謝辞

本研究に賛同しご協力いただきました医療的ケア児と保護者の皆様、特別支援学校、北海道社会福祉協議会、関係施設の皆様、看護職の皆様、学生の皆様、企業の皆様ほか、多くの方々に深く感謝申し上げます。
本研究は、JSPS科研費JP17H04425、JP19H03877、JP22H03701の助成を受けたものです。

論文情報

論文名:Learning Effects of Mechanical Ventilator/Tracheal Suctioning XR Simulators and Extracting Decision Making Criteria to Introduce a Novel Simulator(人工呼吸器装着中の気管内吸引トレーニングが可能なXRシミュレータの学習評価と先駆的シミュレータをカリキュラムへの導入する際の意思決定尺度の抽出)
著者名:コリー紀代1、五十嵐真里2、小水内俊介3、井上創造4、中村美鈴5、金井 理6、近野 敦6、二宮伸治7
(1北海道大学大学院保健科学研究院、2国際医療福祉大学大学院保健医療学専攻、3香川大学創造工学部機械システム工学領域、4九州工業大学大学院生命体工学研究科人間知能システム工学専攻、5名古屋市立大学大学院看護学研究科、6北海道大学大学院情報科学研究院、7広島国際大学保健医療学部医療技術学科)
雑誌名:Journal of Nursing Care & Reports(看護学の専門誌)
DOI:10.47485/2693-2326.1051
公表日:2024年9月30日(月)(オンライン公開)

用語解説

(注1) 気管内吸引 … 人工呼吸器装着の際、気管カニューレと呼ばれる管を気管内に留置し、人工呼吸器と接続する。喀痰貯留による換気不足を予防するため、吸引カテーテルと呼ばれる細い管をカニューレから挿入し、陰圧により気道内の喀痰を除去するケアを気管内吸引という。気管壁には迷走神経や腕頭動脈が並走しており、カテーテル操作により咳嗽反射、嘔吐反射等のマイナートラブルのほか、迷走神経刺激による徐脈、血圧低下、腕頭動脈損傷による失血など致死的リスクが伴う技術である。
(注2) XR … クロスリアリティ(Cross Reality:XR)のことであり、仮想現実(Virtual Reality:VR)、拡張現実(Augmented Reality:AR)、複合現実(Mixed Reality:MR)の総称である。